抗がん剤適正使用ガイドライン作成委員会
ガイドラインは以下の項目から構成される。
1.抗がん剤適正使用のガイドライン作成の経緯
2.実地医療におけるガイドライン
3.抗がん剤適正使用のガイドラインで使用される用語の定義と略語
4.抗がん剤適正使用のガイドライン作成手順
5.抗がん剤適正使用ガイドライン
6.抗がん剤適正使用のガイドラインと保険医療
抗がん剤はがん細胞に殺細胞効果を発揮することを期待して使用する薬剤である。そして、その投与はがん化学療法として担がん生体に対する全身療法と位置づけられ、主に進行がんに抗がん剤単独使用、多剤併用使用、あるいは放射線治療との併用などによりがん細胞の根絶を目的として多用されているが、早期、あるいは中期がんでも手術後の遺残した微小転移がん細胞を対象に術後アジュバント療法として投与されている。このようにがん化学療法は戦略的には確立したがん治療と見られるが、標準的治療として実地医療で実施するがん化学療法は少なく、多くは臨床研究が必要な未完成な部分を有し、実地医療での実施は慎重に行うべき治療法と理解する必要がある。その第一の理由は抗がん剤による抗腫瘍効果の不確実性にある。がん化学療法による根治性は一部の造血器腫瘍(急性白血病、ホジキン氏病を含む悪性リンパ腫など)や固形がん(胚細胞性がんなど)のみに期待できるが、その根治率も一旦得られる抗腫瘍効果のわりには充分でない場合が多い。そして、大多数のがんでは抗がん剤治療は未だ姑息的治療と位置づけられ、治癒が得られる確率は極めて稀である。実地医療でがん化学療法を慎重に行うべき第二の理由は、抗がん剤のがん細胞選択性が低いため、抗がん剤の殺細胞効果が正常細胞にも及び、その結果、薬物有害反応 (副作用) も高頻度に認められ、場合によっては治療関連死をも惹起する。その意味で抗がん剤投与によるがん化学療法は安全性に大いに留意する必要がある。また、一般薬と異なり、抗がん剤投与に高い専門性が求められるのもこの理由である。
しかし、がん化学療法は50年の歴史の中で、多数の抗がん剤開発、抗がん剤効果増強の試み、あるいは薬物有害反応の支持療法開発などによりがんに対する唯一の全身療法として、がん患者の生存期間、症状緩和、あるいは生命の質 (Quality of life, QOL) に対して一定のインパクトを確実に示している。そのため、抗がん剤投与によるがん治療は専門性が高いと見なされるにもかかわらず、進行がん患者の治療や、がん手術や放射線療法などの局所療法に対する全身療法として実地医療で多用されている。したがって、実地医療でがん化学療法を効果的かつ安全に行うには、抗がん剤投与に関する一定のガイドラインを示すことは意義深いことである。
こうした現状により、厚生省は関係学会医薬品等適正使用推進試行的事業(委託事業)の中で抗菌物質の使用や喘息治療とともに、抗がん剤の適正使用ガイドライン(clinical practice guideline) 作成の検討を平成10年度には日本臨床腫瘍研究会に、つづいて平成11年度には日本癌治療学会に委託した。(以下、厚生省委託事業組織)そして、作成したガイドラインをそれぞれの組織の会員に広報し、効果の観点からも、安全性の観点からも抗がん剤投与によるがん化学療法が適正に行われる資料を提供することを計画した。また、ガイドラインの内容はがん患者が”risk and benefit”でインフォームドコンセントを考慮する際の参考資料となることも目的の一つである。厚生省委託事業組織もガイドライン作成の趣旨に賛同し、抗がん剤適正使用ガイドライン作成が行われることになった。
実地医療のためのガイドライン(clinical practice guideline) は1970年代にカナダの地域医療の向上目的のために作成された歴史に始まる1)。がん医療の領域でも実地医療のための多くのガイドラインが米国臨床腫瘍学会(ASCO)により精力的に作成され、学会誌を通して会員の意思決定の際の重要な資料とすべく広報している。たとえば、G-CSF 使用のガイドライン2)、非小細胞肺がんの治療についてのガイドライン3)、乳がん術後再発の観察についてのガイドライン4)、乳がんや大腸がんの腫瘍マーカー利用のガイドライン5)、制吐剤使用のガイドライン6)などである。さらに、これらガイドラインは定期的な見直しが行われており、新たな医療の進歩をガイドラインに加えてゆくための徹底した継続性を規定している。
ガイドラインは医師を中心とする臨床従事者や患者がある特定の医療について、より有効な医療、より安全な医療、そしてより無駄のない効率的医療を行うための意思決定をする際に体系的に検討されたエビデンス (evidence)を明示して支援する一戦略と位置づけられる。したがって、その作成は「エビデンスに基づいた医療」(Evidence-Based Medicine, EBM)を重視することが一般的である。
良質なガイドラインの条件として、ガイドライン作成に資する事実に関し次の内容が考慮されなければならない。すなわち、①妥当性 (validity) 、②信頼性(reliability) 、③再現性 (reproducibility)、④臨床的適合性(clinical applicability)、⑤臨床的応用性(clinical flexibility)、⑥内容の明白性(clarity) 、⑦集学性 (多くの職種の参加が得られるか) (multidisciplinary process),⑧エビデンスの検討(review of evidence)、⑨文書化(documentation) などである1)。
本ガイドラインに限らず、医療上のガイドライン全てについて理解すべきは、「ガイドラインとは医療従事者や患者の意思決定に資する性格のものであり、医師の判断の代替でもなく、全ての問題に適切な解答を用意しているものでもない」ということである。さらに、医療上の疑問についてEBM による一般化した回答に基づいているため、必ずしも患者の個人差を考慮するものでもないし、同じ成果を求める他の合理的方法を排除したり、他の医療を規制するものでもない。すなわち、ガイドラインの内容を重視することは使用者の自発的なものであり、ガイドラインを適用するか否かの最終判断はその利用者 (特に医師) が担うべきものである。ただし、自分の考えと異なるという理由で質の高いエビデンスを無視することは倫理的に問題がある。したがって、ガイドラインはその内容の取捨選択を十分慎重に考慮し、実地医療における医師や患者の意思決定に資することが求められる。
抗がん剤適正使用のガイドライン(以下、ガイドライン)で使用される用語を以下の如く定義した。
(a) 実地医療:臨床試験に関わる実験的医療を除いた日常の医療一般
(b) 抗がん剤感受性:
(c) 抗がん剤の略語:ガイドライン作成に用いた抗がん剤は略語で表した(表1)。 (表1)
4. 抗がん剤適正使用ガイドライン作成方法
(1) ガイドライン作成委員会の設置と構成
ガイドライン作成には厚生省委託事業組織の中から各領域のがん化学療法専門医集団によるガイドライン作成委員会(expert panel)が組織された。本委員会の検討は2年間にわたっているが、初年度の検討に加わった殆どの委員(expert)はガイドライン作成の継続性を重視し、2年間のガイドライン作成に携わった。
(2) ガイドラインで取り上げるべき内容
ガイドライン作成委員会では実地医療における抗がん剤適正使用ガイドラインで言及すべき内容を設定した (定式化) 。これらは主として進行がん化学療法に関する内容であるが、手術や放射線療法との併用化学療法についても、局所がん化学療法についても定式化を試みた。
以下にガイドライン作成のために定式化した項目を列挙するが、本ガイドラインは小児腫瘍を対象としていないことを付記する。
なお、実地医療におけるがん化学療法について、安全性の観点からはその対策にも言及すべきであるが、本ガイドラインの趣旨が抗がん剤の適正使用から安全性に配慮するものであり、抗がん剤による薬物有害反応への対策は別のガイドラインとして作成すべきと判断した。
(3) 文献検索によるエビデンスの収集
ガイドライン作成のためのエビデンス収集は各委員の裁量により行われたが、平成11年10月現在までに発行された医学雑誌、あるいは教科書に掲載されたがん化学療法に関する臨床試験結果やコンセンサスに基づくエビデンスが採用された。
(4) 収集したエビデンスの評価とガイドラインにおける勧告
前述した如く、本ガイドライン作成は米国臨床腫瘍学会の各種ガイドライン作成を参考として、EBM 的手法を取り入れた。EBM の手順で作成されるガイドラインに用いられるエビデンスは種々の質 (quality)を含むことになるため、そのエビデンスがどのような臨床研究から得られたかによる「質」を検討する必要がある。そのため表2に示すエビデンス調査表を作成し、原則として収集した各文献の内容と評価をそこに記入した。
(表2)(表3/4)
評価の基準は表に示す如く、臨床研究のデザインを重視している米国医療政策研究局(Agency for Health Care Policy and Research, AHCPR 、現Agency for Health Care Research and Quality; AHRQ) による「エビデンスのレベル」(Quality of evidence) と米国臨床腫瘍学会のガイドラインで用いられている評価を参考に、当組織の評価基準を作成した。
(表5/6)(表7/8)
さらに、「勧告のグレード」(Grade of recommendation)を設定し、「エビデンスのレベル」から「勧告のグレード」を表示することとした。
また、定式化した問題に対して必ずしもエビデンスがないことも想定される、その場合は委員会のコンセンサスによる判定で勧告の強さを「提言(suggestion)」とした。
(5) ガイドラインの文書化と広報
委員会で検討されたガイドラインの内容は一つの案であり、それを文書化して広報するまでには以下の手続きを要することとした。すなわち、EBM を基本として委員会で文書化されたガイドライン案は、委員以外の各領域の複数の専門家に内容の妥当性の検討を依頼し、その推敲を経て厚生省委託事業組織の承認を得ると同時に、そうして作成されたガイドライン最終案につき、厚生省および日本医師会から了承を得る手続きを取ることでガイドラインの完成とすることとした。
このガイドラインは完成時点で公表し、厚生省事業委託組織の会員に周知する。
なお、本邦の医療は一般的に国民皆保険で行われているが、世界的視野でエビデンスを求めて作成した本ガイドラインでは、推奨される抗がん剤を保険医療で使用できない場合が多く認められた。この問題は項を改めて言及することとし、ガイドラインの内容はその問題にとらわれず記述した。
(6) ガイドラインの改訂
抗がん剤によるがん化学療法は多くの臨床研究によりその評価の変化は早く、常に見直しをしてゆく必要がある。したがって、毎年日本癌治療学会を中心として関係学会の協力によりガイドラインの見直しを行い、その間に改訂の必要があるエビデンスが得られた場合には臨時の改訂も行うこととした。
文献
1) Canadian Medical Association; The Canadian task force on the periodic health examination. Can Med Assoc J 121:1193-1254,1979.
2) ASCO Ad Hoc Coloney-Stimulating Factor Guidelines Expert Panel: American Society of Clinical Oncology recommendations for the use of hematopoietic colony-stimulating factors: Evidence-based, clinical practice guidelines. J Clin Oncol 12:2471-2508,1994.
3) ASCO : Clinical practice guidelines for the treatment of unresectable non-small-cell lung cancer. J Clin Oncol 15:2996-3018,1997.
4) ASCO : Recommended breast cancer surveilance guidelines. J Clin Oncol 15: 2149-2156,1997.
5) ASCO : Clinical practice guidelines for the use of tumor markers in breast and colorectal cancer. J Clin Oncol 14:2843-2877,1996.
6) ASCO : Recommendation for the use of Antiemetics: Evidence-based, clinical practice guidelines. J Clin Oncol 17:2971-2994,1999.
●日本臨床腫瘍研究会 ●日本癌治療学会
委員長 有吉 寛 委員長 有吉 寛
委員 高嶋 成光 委 員 赤座 英之
上田 龍三 犬山 征夫
佐々木 常雄 生塩 之敬
西條 長宏 上田 龍三
落合 和徳 大橋 靖雄
福岡 正博 落合 和徳
荒井 保明 斎田 俊明
鶴尾 隆 西條 長宏
大橋 靖雄 佐々木常雄
高嶋 成光
中馬 広一
鶴尾 隆
峠 哲哉
新部 英男
平田 公一
福岡 正博
ACT-D アクチノマイシンD IFN インターフェロン
Ara-C シタラビン L-PAM メルファラン
ATRA トレチノイン LV ロイコボリン
BCNU * カルムスチン MIT ミトザントロン
BLM ブレオマイシン MMC マイトマイシンC
BSF ブスルファン MTX メソトレキセート
CBDCA カルボプラチン PCZ プロカルバジン
CDDP シスプラチン PRD プレドニソロン
CPA エンドキサン TAM タモキシフェン
CPT-11 イリノテカン TESPA チオテパ
DNR ダウノルビシン THP ピラルビシン
DTIC ダカルバジン TXL パクリタキセル
DXR (ADM) ドキソルビシン(アドリアマイシン) TXT ドセタキセル
DXM デキサメサゾン UFT テガフール/ウラシル
EPIR エピルビシン VCR ビンクリスチン
VP-16 エトポシド VDS ビンデシン
FT フトラフール VNR ビノレルビン
GEM ゲムシタビン VLB (VBL) ビンブラスチン
HCFU カルモフール 5′-DFUR ドキシフルリジン
HU ハイドレア 5-FU 5-フルオロウラシール
IDR イダルビシン 6-TG 6-チオグアニン
IFM イホスファミド 254-S ネダプラチン
* : 日本では未承認
*:Agency for Health Care Policy and Research, AHCPR の基準
AHCPR の基準
*:American Society of Clinical Oncology の基準
*:American Society of Clinical Oncology の基準
*;厚生労働省委託事業抗がん剤適正使用ガイドライン作成委員会の基準
*;厚生労働省委託事業抗がん剤適正使用ガイドライン作成委員会の基準
注)エビデンスが見いだせない場合の対応:
A’:明確なエビデンスが見いだせないが、臨床腫瘍学では既に「常識化」している場合の勧告の強さ(勧告のグレードは「標準的である」)
E:明確なエビデンスが見いだせないが、委員会のコンセンサスでで判定した対応を示す(勧告のグレードを「提言 (suggestion) する」)
1.造血器腫瘍に対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
上田龍三(名古屋市立大学第三内科)
小椋美知則(愛知県がんセンター血液化学療法部)
●概説
造血器腫瘍は抗がん剤高感受性の悪性腫瘍であり、抗がん剤による有効性が歴史的に最も早く報告された腫瘍である。一部の臓器原発低悪性度悪性リンパ腫の手術療法 (例えば孤立性の肺MALTリンパ腫) 、早期の低悪性度悪性リンパ腫を対象に行う放射線局所照射、骨髄移植時 (BMT)に行う放射線全身照射などを除き、造血器腫瘍の治療は薬物療法のみであり、その場合も一般的に多剤併用療法が標準的治療法として確立している。とくに、白血病は通常は専門医以外が実地医療として治療することはないが、悪性リンパ腫も含めて造血器腫瘍は血液腫瘍学の専門医がいる専門施設か、その指導の下で治療されることが望ましい。したがって、実地医療のガイドラインの観点からここでは骨髄移植、あるいは大量化学療法についのガイドラインには言及しない。
A.白血病
A-1. 急性非リンパ性白血病 (ANLL) の化学療法
〔ガイドライン〕Ara-C(7日間)/DNR またはIDR またはMIT のいずれか (3日間)(7+3療法)の寛解導入療法と、それに引き続く大量Ara-C を使用する地固め療法
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
ANLL の化学療法は寛解導入療法、地固め療法、維持/強化療法という治療戦略が標準的治療法として確立している。わが国で従来より実施されてきている維持・化学療法の必要性については確立していない。わが国でJapan Adult Leukemia Study Group (JALSG)を中心に実施してきた研究では、寛解導入により完全寛解に到達すれば地固め療法を約3コース行い、維持・強化療法を約6コース行うことが勧められている。しかし、欧米では大量Ara-C を地固め療法に使用することで維持強化療法なしで良好な成績が報告されていて、今後、大量Ara-C が欧米に遅れて承認されたわが国においてその点が検証されると思われる。IDA, DNR, MIT などのアントラサイクリン系薬剤 (1種類) の3日間と、 Ara-Cの7日間の組合せが標準的治療法であるが、アントラサイクリン系薬剤のうちどの薬剤が最も優れているかについては最終結論はでていない。強化療法は骨髄移植も指向され,Ara-C大量投与などの選択もある。寛解導入療法の完全寛解率は65-70%で、そのうち25% 以上で長期無再発生存や治癒が得られる。
一般的に白血病の化学療法はtotal cellkillの治療理念に基づいて極めて強力な化学療法が施行され、治療関連死の可能性もあるため、専門性が非常に高い。そのため、ANLLの治療は造血器腫瘍の治療を専門とする施設で、造血器腫瘍内科医により行われるべきである。高齢者のANLLの化学療法は完全寛解率が低く、寛解導入後の死亡率も高いため、QOL を優先した治療法を選択するとが勧められる。しかし、PSが良く、白血病細胞の少ない場合は化学療法により完全寛解に達しなくとも良い予後が期待できる。米国では60歳以上のCD33陽性ANLLの初回再発例に対して承認されたCMA676は抗がん剤のcalicheamicin を結合させたヒト型抗体CD33モノクローナル抗体であり、高齢者を中心とする難治性ANLLに期待されているが、その位置づけの検証はこれからである。
A-2. 急性前骨髄性白血病 (APL)の化学療法
〔ガイドライン〕ATRA または ATRA/IDR またはDNR/Ara-C または DNA/BHAC
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
APL では分化誘導療法としてATRAの有効性が証明されており、化学療法との併用で治療成績が大幅に改善している。
A-3. 急性リンパ性白血病 (ALL)の化学療法
〔ガイドライン〕副腎皮質ホルモン/VCR /DNR または IDR
・エビデンスレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C (臨床的にはA’)
成人ALL の化学療法はステロイド剤、VCR, anthracycline 系薬剤を中心とした多剤併用療法で寛解率は60-90%に達するが、再発率が高く、長期無再発生存率はANLLに比し極めて低いため、標準的化学療法は確立されていない。骨髄移植の選択もある。
A-4. 慢性骨髄性白血病 (CML)の化学療法
〔ガイドライン〕IFN(α) (白血球増大時にHU併用)
・エビデンスレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
CML はBMT が治癒を期待できる唯一の治療法であるため、その可能性 (50歳以下、組織適合抗原の一致する家族ドナーの存在) を探るべきであるが、それが不可能ならば、IFN (α) がPh染色体の消失や減少が認められる細胞遺伝学的な完全寛解や不完全寛解が報告され、HUあるいはBSF より優れていることが証明されているため、IFN を練り強く使用し続けることが必要である。この結果、有効例では7年、または8年以上の長期生存例が70-80%を越えている。
慢性期、かつ初発例の予後不良因子のないCML に対してはHU、もしくはAra-C とIFN の併用が生存延長効果と有害事象について充分な情報開示の基に推奨されるべきである。何らかの理由でIFM の使用ができないか、もしくは使用しない症例にはHUがBUS より優れていることが証明されていて、推奨される (ただし、IFN より生存効果が劣ることを情報開示すべき) 。移行期、もしくは急性転化期の治療には骨髄移植以外に有効な薬物療法はない。
IFN の副作用では感冒様症候群、発熱、肝障害、間質性肺炎、うつ状態などがあり、それらに慎重に注意を払いつつ練り強く使用するためには、IFN 投与の意義について患者への十分な説明が不可欠である。
多くの観察的 (経験的) 臨床研究でallo- BMT がCML において長期の無病生存をもたらすことは周知である。Allo-BMTのデータが比較試験によるものでばいことと、allo-BMTにおけるリスクを熟知した上であれば以下の推奨がある。
(1) Allo-BMTは患者の年齢、HLA 一致のドナー (同胞、もしくは非血縁) 、CML の罹病期間、移植医と病院の経験度により結果が左右されることを熟知すべき。
(2) Allo-BMTはCML の診断後1-2年以内の実施が望ましい。Sokal score が高い予後不良例はIFN の奏功の期待率が低く、早期のallo-BMTが強い (compelling) オプションとなる。
(3) 若年の症例、そして同胞ドナーであることが移植成功率を高くする。65歳以上の報告はないが、移植上限年齢も明確に検証されていない。
(4) Allo-BMT前のBUS の使用は有益と思われない。HUとIFN の移植前の使用は同胞移植では影響がないが、非血縁間移植では有害とされる。しかし、いずれのデータも観察的なエビデンスに基づくものである.
なお、近年開発された分子標的薬剤 STI-571はここで記述した全ての内容を大きく変更させうる分子標的剤であり、STI-571 の大規模臨床試験の結果が注目される。
A-5. 多発性骨髄腫の化学療法
〔ガイドライン 1〕CPA/PRD (CP 療法)
・エビデンスレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B (予後因子良好例A)
〔ガイドライン 2〕L-PAM/PRD (MP 療法)
・エビデンスレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B (予後因子良好例A)
〔ガイドライン 3〕 VCR/BCNU/CPA/L-PAM/PRD (VBMCP療法)
VCR/L-PAM/CPA/PRD (VMCP 療法)
VCR/CPA/ADM/PRD (VCAP 療法)
VCR/BCNU/ADM/PRD (VBAP 療法)
・エビデンスレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B (予後因子不良例A)
〔ガイドライン 4〕VCR/ADM/DXM
・エビデンスレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B (再発例 A)
〔ガイドライン 5〕MP療法 + IFN( α)
・エビデンスレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 6〕MP療法後の維持療法のIFN(α)
・エビデンスレベル:Ⅱ(またはⅠ)
・勧告のグレード:B(またはA)
多発性骨髄腫の症状を有しないⅠ期は経過観察もあり得るが、その他は全て化学療法が適応となる (勧告のグレード A’)。
化学療法としては、抗がん剤単剤+副腎皮質ステロイド、多剤併用化学療法 (±IFN)、骨髄移植支援による大量化学療法などが選択される。化学療法を具体的に述べれば、MP療法が最も多く行われ、実地医療では標準的治療と見なされているが、VBMCP 療法、VMCP療法, VCAP療法, VBAP療法も概ね同じ有効性が認められている。言い換えれば、生存率においてMP療法より優れた治療法は確立していない。ただし、VBMCP 療法がMP療法より僅かに優れるとの報告もあるため、予後因子良好症例、もしくは高齢者の場合は薬物有害反応が比較的少なく、反復により安定した病状が得られるMP療法、予後因子不良症例、かつ若年の症例ではVBMCP 療法を選択することが勧められる。再発例に対してはVAD 療法が多く用いられているが、治癒は期待できない。寛解導入、あるいは導入後に維持療法としてのIFN を使用することを支持する報告も多々あるが、肯定しない報告も見られる。
いずれにしても、これら化学療法では治癒が得られることはなく、生存期間延長が目的であり、奏功率50% 前後、生存期間中央値約30ヶ月程度が見込まれる。
初回治療に大量化学放射線療法とauto-BMTを実施すると生存率の向上をもたらすが、治癒を期待させる無病生存曲線のプラトーは認められていない。
B.悪性リンパ腫
悪性リンパ腫はホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に分類されるため、治療はそれに従い記載する。
B-1-1. 早期ホジキンリンパ腫
〔ガイドライン〕ADM/BLM/VLB/DTICを4コースと区域照射療法
・エビデンスレベル:Ⅰ
・勧告の強さ A
B-1-2. 進行ホジキンリンパ腫の化学療法
〔ガイドライン〕ADM/BLM/VLB/DTIC (ABVD療法) を6コースから8コース
・エビデンスレベル:Ⅰ
・勧告の強さ A
B-1-3. ホジキンリンパ腫早期再発例、または初回化学療法に不応例の救援化学療法
〔ガイドライン〕幹細胞移植を前提したBCNU/Ara-C/VP-16/L-PAM (BEAM 療法) の大量療法
・エビデンスレベル Ⅰ
・勧告の強さ A
ホジキンリンパ腫の早期症例には放射線療法もしくはサイクル数を減らした多剤併用化学療法 (ABVD療法4コース) と区域照射の併用療法が勧告のグレードAであるが、進行症例は多剤併用化学療法、腫瘍塊が大きな場合(bulky mass)では化学療法と放射線療法の併用療法を行うことが概ねコンセンサスとして得られている。
進行期ホジキンリンパ腫の化学療法としては、MOPP療法 (日本ではM;mechlorethamine が入手不可能なため、代替としてCPA を使用し、COPP療法または C-MOPP療法) 、ABVD療法、両者の交替療法などが開発されてきたが、その3者の比較試験では、有効性はABVD療法=MOPP/ABVD 交替療法>MOPP療法 (完全寛解率 82% : 83% : 67%、5年生存率 73% : 75% : 66%) であり、副作用はABVD療法が他2者より有意に低い結果が得られ、ABVD療法が現時点での進行期ホジキンリンパ腫に対する標準的化学療法である。 ABVD療法の有用性は日本のLymphoma Study Group of Japan Clinical Oncology Group (JCOG-LSG) による臨床試験でも明らかにされており (DTICを減量したABVd療法) 、そのためABVD療法、またはABVd療法を標準的治療と見なすべきであるが、DTICがホジキンリンパ腫に未承認であることが問題であった。しかし、まもなくDTICはホジキンリンパ腫に対して適応承認される見込みである。
早期再発例、あるいは初回不応例における標準的治療はBEAM療法の大量化学療法と幹細胞移植を行うこととなっているが、この治療も保険医療におけるBCNU, Ara-C, L-PAMの適応疾患の承認問題に遭遇する。
B-2. 非ホジキンリンパ腫 (NHL)の化学療法
NHLの化学療法を瀘胞性NHL(低悪性度リンパ腫) と瀰満性NHL(aggressive NHL) に分けて記載する。
B-2-1-1. 瀘胞性NHL(低悪性度NHL)
〔ガイドライン〕本疾患の治癒、あるいは生存期間に影響を与える標準的治療法はない。
・エビデンスレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:B
瀘胞性NHL は局所に限局する病期でも現時点で施行可能な化学療法でも治癒は困難である。しかし、それらに放射線治療を行えば10年前後の無再発期間が期待できるため、一般的に限局型は放射線照射後は増悪するまで抗がん剤治療は行わず、進行型も症状がなければ観察も一選択肢である。そのため、本疾患が増悪を示したり有症状になり、はじめて抗がん剤投与が考慮される。しかし、この段階の治療で有用性のコンセンサスが得られている手段はない。新規抗がん剤のクラドリビン,フルダラビン,抗CD20抗体 (リツキサン), IFN 、多剤併用化学療法 + IFNなどが試みられ、将来に期待がかけられる成績が得られつつあるのが現況であり、いずれも今後に期待が出来る可能性が示されている。しかし、これらは研究段階の治療であるため実地医療で施行することは難しい (リツキサン およびクラドリビンが近い将来承認される予定以外はフルダラビン, IFN については臨床治験中である) 。希望があれば専門施設への治療依頼が妥当な状況である。リツキサンが承認後は化学療法との併用に寛解期間の延長が期待されているが、治癒に結びつく治療となり得るか否かは今後の検証が必要である。
B-2-1-2. 瀰満性 NHL(aggressive NHL)
〔ガイドライン〕International PrognosticIndex (IPI) によるlow risk群、low-inetrmediate risk群に対してCPA/DXR/VCR/PRD (CHOP 療法)±放射線療法
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
International Prognostic Index (IPI)のhigh inetrmediate risk, high risk 群に対しては、CHOP療法以上の有用性を検討する厳しい研究的治療を模索することが指向されており、その意味で専門施設での治療依頼が妥当である。初回治療不応症例、再発症例は救援化学療法に引き続く自家造血幹細胞移植支援による大量化学療法を専門施設で検討すべきである(エビデンスレベル:Ⅰ、勧告のグレード:A)。
多剤併用化学療法の導入によりaggressive NHL は致死的疾患から治癒可能な疾患になったが、それを予後因子により層別すれば、より効果的な治療臨床試験が可能となるとの予測のもとに、1982年から 1987年の間に米国、カナダ、欧州にまたがる16の施設と研究グループで、第一世代以上のanthracycline を含む併用化学療法で治療された中高悪性度NHL (aggressive NHL)を対象とした2031症例の多変量解析が行われた。その分析で、aggres- sive NHLの重要な予後因子の評価が行われたが、そこで抽出されたのは、年齢61歳以上、PS2-4 、LDH 高値 (正常域を越える値) 、節外性病変数2箇所以上、病期Ⅲ-Ⅳの5因子であった。これがIPI であり、さらに、60歳以下ではPS 2-4、LDH 高値、病期Ⅲ-Ⅳの3因子が予後不良因子とされ、これを年齢調整因子(age-adjusted index)とした。そして、この両者を将来行うaggressive NHLの治療臨床試験で層別因子とすべきと提起した。この予後予測因子を基にaggressive NHL をlow risk、low intermediaterisk、high inetr- mediate risk、high risk の4群に層別化するとこの順に完全寛解率は全年齢層で 87%、67% 、55% 、44% 、60歳以下で 92%、78% 、57% 、46% 、5年生存率は全年齢層で 73%、51% 、43% 、26% 、60歳以下で 83%、69% 、46% 、32% となり、この予後予測モデルは完全寛解率と生存率に良く相関した。したがって、現在のaggressive NHL に対してはこの予後予測モデルにより層別し、risk adapted therapy を講ずることが標準的な治療法選択手段である。これに従えば、aggressive NHLの限局期ではCHOP療法3コース施行後に放射線療法を行うべきであり、進行期の初発例ではCHOP療法が他の第二、第三世代化学療法であるm- BACOD 療法、ProMACE-CytaBOM 療法、MACOP-B 療法などと同等の効果で、治療関連死が少ないことが示されており、実地医療ではrisk adapted therapyとしてCHOP療法8コースを選択すべきである。
リツキサン を加えたR-CHOP療法が現時点での標準的治療であるCHOP療法より優れている可能性があるが、検証中である。
さらに、初回治療不応症例や再発症例で救援化学療法に部分寛解以上の奏功性を示す症例には自家造血幹細胞移植支援による大量化学療法の有効性が示されており、high inter- mediate risk群やhigh risk 群と共に専門施設での厳しい治療を考慮すべきである。
2.肺がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
福岡正博(近畿大学第四内科)
山本信之(近畿大学第四内科)
●概説
肺がんは臓器がんの中でも組織学的に最も多様性を示すがんの一つで、治療という観点から分類すれば、がん細胞の抗がん剤感受性により、非小細胞肺がんと小細胞肺がんに分類される。前者には腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんが含まれる。非小細胞肺がんに分類される肺がんはいずれも抗がん剤に対して同程度の低感受性であるのに対し、小細胞肺がんは抗がん剤高感受性であり、また、増殖速度が速いため、術前に小細胞肺がんの早期がんと診断がつかない限り、実地臨床では手術を選択しないのが一般的である。
こうした状況から、手術不能進行肺がんの化学療法のガイドラインは、非小細胞肺がんと小細胞肺がんに区別して記載する。
●ガイドライン
A.非小細胞肺がんの化学療法
A-1-1. 切除不能Ⅲ期非小細胞肺がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕切除不能Ⅲ期非小細胞肺がん症例には化学療法と放射線療法の併用療法を行う
・エビデンスのレベル: 生存期間 Ⅰ
QOL Ⅱ
・勧告のグレード: 生存期間 A
QOL B
切除不能Ⅲ期非小細胞肺がん症例に対して抗がん剤による化学療法の意義を検討した臨床試験は放射線治療単独症例を対象群とした13の報告を確認した。このうち半数以上の報告で放射線治療に化学療法を加えることによる有意な生存期間延長を認めている。有意差が認められなかった報告では、症例数が少なかった研究、または、検討された化学療法が単剤の抗がん剤で行われたものである。欧米で行われたこうした比較試験報告やメタアナリシスの結果より、現在の切除不能 Ⅲ期症例の実地医療としての一般的治療は、シスプラチンを含む併用化学療法と放射線療法の併用療法である。メタアナリシスの報告からその効果を見れば、シスプラチンを含む化学療法を放射線療法に加えることで、死亡率が13% 減少し、2年生存率が 4% 増加することが示されている。化学療法と放射線療法の併用時期は、従来は化学療法約2コース終了後に放射線療法を併用する異時併用が一般的であったが、最近では同時併用の有用性が報告されている。
放射線療法に化学療法を併用してQOL が改善されたという臨床試験の報告は少ないが、MMC+IFM+CDDPと放射線療法の異時併用が放射線療法単独と比較し、治療開始後6週目に調べられたQOL が有意に改善したという報告がある。
A-1-2. Ⅳ期非小細胞肺がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕Ⅳ期非小細胞肺がん症例に化学療法を行うことは生存期間延長やQOL の改善にメリットがある
・エビデンスのレベル: 生存期間 Ⅰ
QOL Ⅰ
・勧告のグレード: 生存期間 A
QOL A
Ⅳ 期非小細胞肺がんを対象としたCDDP併用化学療法とbest supportive care (BSC)の比較試験が幾つか行われているが、それらのメタアナリシの4報告が最もエビデンスの質が高いものと考えられる。それらによればCDDPを含む併用化学療法がBSC と比較し、生存期間中央値で 6-8週間、1年生存率で15-25%改善することが示唆されている。QOL 改善や症状改善をエンドポイントとした報告も幾つか認められており、70歳以上の高齢者を対象とした研究ではVNR 単剤投与がBSC より生存期間延長とQOL 改善が示している。また、白金製剤を含む併用化学療法でもQOL の改善の報告もある。さらに、比較試験ではないがQOL 改善を報告する文献も散見されるが、一部にはQOL 改善に否定的な報告もある。
以上の状況から、非小細胞肺がんⅣ期症例の化学療法は生存期間延長やQOL の観点からBSC に優ることは事実であるが、その有意性は非常に大きいものではない。
A-2-1. 切除不能Ⅲ期非小細胞肺がんに放射線療法と化学療法の併用療法を行う患者選択
〔ガイドライン〕切除不能Ⅲ期非小細胞肺がんの放射線療法に化学療法を併用する場合の患者選択は、PS、体重減少、鎖骨上窩リンパ節転移などの重要な予後因子を慎重に考慮すべきであり、年齢も考慮に値する
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
化学療法と放射線療法の併用療法が放射線療法単独より生存期間を改善したのは、患者のPSが良好 (ECOG PS: 0,1) 、体重減少が5%未満、鎖骨上窩リンパ節転移のない患者群であった。ただし、後二者は必ずしも予後因子と言いかねる成績もある。年齢因子として70歳以上では放射線療法に化学療法を追加する意義に疑問を呈する研究報告があるが、re- trospective な研究であり、今後の検討が必要である。
A-2-2. Ⅳ期非小細胞肺がんの化学療法の患者選択
〔ガイドライン〕Ⅳ期非小細胞肺がんの化学療法を行う場合の患者選択はPSを慎重に考慮すべきであり、PS 0,1の患者が望ましい。また、年齢も考慮する必要がある
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:B
全身状態が良好な患者は化学療法の効果が得られる可能性が高く、不良な患者より重篤な毒性出現の頻度が少なくなる傾向があり、生存率も高い。また、併用比較試験の分析でPS O,1とPS 2の患者間に毒性発現が強い (PS2 の患者では治療関連死 9% という報告もある。これらの症例では生存期間中央値も3.9ヶ月と不良であったことが報告されている。PS 2、あるいはそれ以上の患者に実地医療で治療を行う場合は化学療法レジメンの選択や薬物有害反応のケアに十分注意し、より毒性の少ない抗がん剤単独や BSC が最善という場合があることに留意すべきである。 年齢については多くの臨床試験が対象を75歳以下に設定しており、暦の上での高齢者に対する化学療法の有用性を評価することは難しい。また、高齢者の併用化学療法の臨床試験で心臓などの主要臓器機能の異常により対象外になることがあり、化学療法の薬物有害反応が強く出たという報告もある。ただし、VNR の如く70歳以上の高齢者においても抗がん剤治療の有用性を示す研究結果もあるため単に暦の年齢で抗がん剤使用を制限することは高齢者が治療の機会を失う可能性もあり、慎重な配慮が必要である。
A-3-1. 切除不能Ⅲ期非小細胞肺がんの化学療法の抗がん剤選択と安全性
〔ガイドライン 1〕CDDP/VDS (欧米の報告ではVDS)±MMC と放射線療法
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕白金製剤とTXL,TXT,VNR,の何れかとの併用と放射線療法を勧告
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード;B
非小細胞肺がんにおいて放射線と抗がん剤との併用療法が放射線療法単独より有意に生存期間が延長している無作為化比較試験の抗がん剤治療は一つの報告を除けばCDDPを含む多剤併用療法である。また、併用療法と放射線単独療法で差を認めなかった8報告の比較試験のうち4報告が抗がん剤の単剤使用である。そのため、放射線療法との併用療法では単剤よりCDDPを含む多剤併用療法が有用である可能性が高いが、単剤と多剤併用療法の直接的な比較試験は行われておらず、明確な結論は得られていない。以上の状況から実地医療の放射線療法との併用化学療法はCDDPを含む2または3剤の併用化学療法で行うことが勧められる。その具体的レジメンとしては、CDDP + VDSを2コース終了後に放射線療法を60Gy照射する方法であるが、日本発のエビデスとしてCDDP + VDS + MMCの化学療法と放射線療法の同時併用療法の有用性が報告されている。
CDDPを投与できない患者に対するレジメンは確立していないが、CBDCA + VP-16 と放射線同時併用療法を行い、生存期間中央値が13ヶ月、2年生存率21% が得られたとの報告がある。なお、放射線増感作用を目的として少量のCDDPと放射線療法との同時併用療法の有用性が報告されて以来、近年多くの試みがなされている。しかし、CBDCA の放射線増感作用を明らかにする目的の第Ⅲ相試験でその意義を否定する2報告があり、臨床試験以外の実地医療で少量のCBDCA を放射線増感剤として使用することは推奨できない。
新規抗がん剤のTXL, TXT, VNR,もCDDPとの併用化学療法を放射線療法に加えた場合に良好な成績が期待できる比較第Ⅱ相試験の成績も報告されている。それらに対する最終的な評価が定まれば放射線療法と併用する化学療法は症例の特徴に合わせた組み合わせレジメンの選択肢が多くなってゆく可能性がある。
放射線療法とシスプラチンを含む多剤併用化学療法を行うことにより生存期間の中央値は12-16 ヶ月、2年生存率は20-36%が期待できる。
これら化学療法と放射線療法の併用療法の主な副作用は白血球減少による易感染性、食道炎、間質性肺炎などである。易感染性を引き起こす白血球減少には一般的にG-CSF 製剤が用いられるが、G-CSF 製剤と放射線療法の併用は避けるべきという勧告もあり、放射線治療中は間質性肺炎の危険因子を除く意味でもその勧告は尊重すべきである。食道炎は欧米と比較し日本では程度が軽く、制酸剤の予防的投与で対処可能である。
A-3-2. Ⅳ期非小細胞肺がんの化学療法の抗がん剤選択と安全性
〔ガイドライン 1〕 CDDP + VDS±MMC
CDDP + VP-16
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕 CDDP + CPT-11
CDDP + TXL
CDDP + TXT
CDDP + VNR
CDDP + GEM
CBDCA + TXL
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 3〕 白金製剤を含まない新規抗がん剤の併用
GEM + TXT
TXL + VNR
TXT + CPT-11
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
Ⅳ 期症例の化学療法では単剤 (VDS あるいはVP-16)とCDDPを含む2剤併用療法の無作為化比較試験がいくつか報告されており、CDDPを含む2剤併用療法が単剤に比べ有意に生存期間の延長が認められている。一方、CDDP単剤とCDDPとVP-16 またはVDS 併用の比較では生存期間に有意な差を認めた報告は少ない。また、CDDP単剤とCDDPと新規抗がん剤(VNR, GEM, TXL) 併用の比較では併用療法が有意に生存期間延長を示している。CDDPを含む2剤併用と3剤併用の比較では3剤群で抗腫瘍効果が高い傾向にあったが、いずれも生存率に有意差が認められていない。一方、新規抗がん剤(CPT-11,TXL,VNR,GEM)とCDDPの併用療法vs従来のレジメンの比較では前者が良好な傾向を示している成績が多いが、生存期間延長が有意に優れていたのはCDDP+VNRとCDDP+CPT-11 であり、後者はsubset analysis であった。また、TXL+CDDPではCDDP+VP-16より経済効率で優れているという報告がある。このように従来のCDDPを含む併用レジメンと CDDPと新規抗がん剤の併用レジメンの優劣は明確ではなく、実地臨床では新規抗がん剤使用を積極的に使用しなければならないというエビデンスには乏しい。ただし、臨床試験では新規抗がん剤と白金製剤の併用療法を対照として用いる傾向が強い。なお、CDDP投与は5日間分割投与より一括投与が勧められる。
白金製剤の選択についてはCDDPが有する毒性 (強い悪心・嘔吐と腎毒性) を回避する意味でCBDCA を用いようとする傾向があり、その比較がCDDP+VP-16 vs CBDCA+VP-16 として行われた。その臨床試験の結果は奏功率ではCDDP群が優れていたものの、生存期間に差は認められていない。米国で最も汎用されている CBDCA+TXL は高い奏功率が第Ⅱ相試験で報告されているため、比較試験で十分な評価がされていないが、CDDP+VNRと比較された第Ⅲ相試験では、奏功率、生存期間に有意差はなく、毒性はCBDCA+TXL 群に神経障害が、CDDP+VNR群に白血球減少が高頻度に認められたとしている。このように白金製剤の使用をCDDPにするかCBDCA にするかについては決定的なエビデンスが無い。効果は僅かながら前者が高いが有意差はなく、患者が嫌う悪心・嘔吐の発現で後者が選択される。一方、 CBDCA はCDDPより医療費が高額になるという報告もあるが、CBDCA は外来使用が可能であり、CDDPを入院で使用する日本と外来で使用する外国とでは単純な比較はできない。CDDPかCBDCA かは今後のエビデンスを待つべきである。
さらに、新規抗がん剤同士2剤併用で、白金製剤を含まないレジメンも検討されているが、白金製剤を含むレジメンと差を認めないことが示唆されているも未だ試験段階と考えられる。
以上のごとき状況の結論として、Ⅳ期非小細胞肺がんの実地医療においては、前述したCDDPを中心とする白金製剤を含む2剤併用療法が推奨される。これらを効果の観点から評価すれば、CDDPを含むレジメンでは一般的に生存期間中央値で約2カ月の延長が期待されると推定される。
ここに推奨したレジメンの薬物有害反応では、白血球あるいは好中球減少などの血液毒性は全てで認められ、CBDCA では血小板減少が特に注意を要する。しかし、非血液毒性は使用する薬剤に依存することが多く、個々の薬剤に特異性が高い薬物有害反応に充分注意を払うことが求められる。たとえば、CDDPの悪心・嘔吐、腎毒性、神経毒性、CPT-11の下痢、TXL の過敏性反応、神経毒性、TXT の浮腫、発疹、VNR の神経毒性などである。これら血液毒性も非血液毒性も重篤になれば極めてQOL を損ない、場合によれば治療関連死に至る可能性もあるため、実地医療でEBM の立場に立って前述した化学療法レジメンを行う場合、より安全性に留意する必要がある。
A-4-1. 切除不能Ⅲ期非小細胞肺がんの化学療法の期間
〔ガイドライン〕放射線療法との併用する寛解導入化学療法は2-3サイクル行う
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
米国で行われた化学療法+放射線療法 vs 放射線療法の二つの比較試験では、2サイクルの抗がん剤療法で生存期間の延長が見られている。また、導入化学療法としてCDDP+IFM+MMCを3コース行い、明らかな抗腫瘍効果が得られた症例に対して、同じレジメンを3コース追加するか放射線療法を行うかの無作為化比較試験の成績が報告されており、どちらを行っても生存期間に有意差を認めていないが、局所制御は放射線療法群の方が優れていた。非小細胞肺がん共同研究グループのメタアナリシスでは、 CDDPを含む抗がん剤治療では、2-8サイクルの抗がん剤投与が行われていた。以上の結果から、実地医療では導入化学療法は2-3サイクル行うことが勧められる。ただし、抗がん剤投与と放射線療法の最適なタイミングについては、同時併用が良好な可能性が高いが、さらに今後の研究が必要である。
A-4-2. Ⅳ期非小細胞肺がんの化学療法の期間
〔ガイドライン〕Ⅳ期非小細胞肺がん症例の化学療法は3サイクル以上が推奨されるが、最大限8サイクルまでの投与が無難である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
非小細胞肺がんで抗がん剤治療の施行期間について検討した報告はほとんど認められない。CDDPを含む併用化学療法で3サイクルと6サイクルの比較試験が報告されており、いずえれの群でも生存期間、症状緩和に差がない。また、CDDPを含まない抗がん剤の比較試験でも2-3コース以上抗がん剤投与を継続しても生存期間に差が認められていない。これらの報告からは抗がん剤の投与期間は3サイクルが推奨されるが、抗がん剤の投与期間について検討した報告が他にないことや、Non-small Cell Lung Cancer CollaborativeGroup のメタアナリシスで、CDDPを含む抗がん剤治療では2-8コースの抗がん剤投与が行われていたことを考慮すれば、ASCOのガイドラインに示されているように、「最大限8コースまでの投与」としておくことが無難である。
A-5-1. 切除不能非小細胞肺がんの化学療法の期間開始時期
〔ガイドライン〕切除不能Ⅲ期、Ⅳ期非小細胞肺がんではstaging 及び主要臓器機能の検討終了後可能な限り速やかに治療を開始する
・エビデンスのレベル:Ⅳ
・勧告のグレード:D
抗がん剤治療の開始時期についてはほとんど検討がなされていない。一般的には臨床病期が確定し、主要臓器機能が化学療法に耐え得ると判断され、本人の同意が得られれば、できるだけ速やかに治療を開始することが望ましい。ただし、Ⅳ期でも腫瘍に起因する喀血、胸痛などの胸部症状がある場合は短期間の放射線治療で高率に症状改善が認められるため、それが優先される。
A-6-1. 切除不能非小細胞肺がんのsecond lineの化学療法
〔ガイドライン〕前化学療法で白金製剤単独もしくはそれを含む併用化学療法を施行された後に再発した症例にはTXT の投与が有効である。ただし、BSC と比較して生存期間の延長は僅かであるため標準的治療とはなり得ないと認識する
・エビデンスのレベル: 生存期間 Ⅰ
QOL Ⅰ
・勧告のグレード: 生存期間 A
QOL A
白金製剤再発例に対する2種類の比較試験が最近報告された。いずれもTXT の有効性を検討するもので、TXT 75mg/m2 の投与で有意な生存期間延長とQOL 改善が認められたとしている。ただし、これら報告におけるTXT の奏功率は6%, 7.5%程度であり、生存期間中央値も各々5.7, 9.0ヶ月であるため、本治療法を白金無効例の標準的治療とすることはできない。
B.小細胞肺がんの化学療法
B-1. 小細胞肺がんの化学療法レジメン
B-1-1. 小細胞肺がん限局型 (腫瘍が一側胸郭に限局, LD) の化学療法
〔ガイドライン〕小細胞肺がん限局型は多剤併用化学療法と放射線療法の同時併用を選択すべきであるが、この場合の化学療法はCDDP + VP-16が推奨される
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
B-1-2. 小細胞肺がん進展型 (腫瘍がLDの範囲を越えるもの, ED) の化学療法
〔ガイドライン〕小細胞肺がん進展型は多剤併用化学療法を選択すべきであるが、この場合の化学療法はCDDP + VP-16、またはCDDP + CPT-11 が推奨される。また、CDDP + VP-16とCPA + ADM + VCR の交替療法も同等の効果が認められる。
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
B-1-3. 小細胞肺がんⅠ期症例の化学療法
〔ガイドライン〕小細胞肺がんⅠ期症例は外科手術後に多剤併用化学療法を追加することが推奨される。その場合はCDDP + VP-16 が使用される。ただし、この病期の症例は少数のため臨床試験の成績はなく、化学療法の必要性の検討はなされていない。
・エビデンスのレベル:Ⅳ
・勧告のグレード:E
B-2. 高齢者小細胞肺がんの化学療法
〔ガイドライン〕高齢者の小細胞肺がんでも多剤併用化学療法が推奨されるが、どのレジメンを選択すべきかの結論は出ていない CBDCA + VP-16 が広く用いられている
・エビデンスのレベル:Ⅳ
・勧告のグレード:E
B-3. 小細胞肺がん再発例の化学療法
〔ガイドライン〕小細胞肺がんの再発例の定型的な化学療法レジメンは確立されていないが、化学療法終了から3か月以上経過してからの再発はsensi- tive relapseとして前化学療法を再度実施することが一般的である 3か月未満の再発では新たな化学療法レジメンを試みることが勧められるが、その適切なレジメンの報告はない
・エビデンスのレベル:Ⅳ
・勧告のグレード:E
3.消化器がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
佐々木常雄(都立駒込病院化学療法科)
峠哲哉(広島大学原医研腫瘍外科)
平田公一(札幌医科大学第一外科)
向山雄人(都立豊島病院緩和ケア科)
金隆史(広島大学原医研腫瘍外科)
吉田和弘(広島大学原医研腫瘍外科)
●概説
手術不能進行・再発消化器がんの化学療法のガイドラインは、胃がん、結腸直腸がん、膵臓がんに区別して記載する。
胃がんおよび大腸がんに対する術後補助化学療法については手術不能進行・再発消化器がんとは別項で言及する。
消化器がんは一般的に抗がん剤に低感受性がんであり、手術不能進行・再発消化器がんは化学療法で治癒を望むことは出来ない。とくに、膵臓がんは診断時に既に進行期であることが多く、治癒的手術が可能な症例は決して多くはないため、術中放射線照射など集学的治療を行うこともあるが、抗がん剤には低感受性であり、化学療法の有効性は決して満足すべき状況ではない。
術後補助化学療法についても項を設けて適正使用について言及する。
●ガイドライン
A.手術不能進行・再発胃がんの化学療法
A-1. 手術不能進行・再発胃がんの化学療法 の役割
〔ガイドライン〕進行期胃がん患者(PS 0-2)に対し抗がん剤による化学療法を実地医療で行うことは生存期間延長に関してメリットがある
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
切除不能の進行期胃がんに対して抗がん剤による化学療法の意義を検討した臨床試験は外国においてBSC を対照にPS 0-2の患者で行われており、対照の生存期間がいずれも3-4ケ月に対して化学療法群では9-12ケ月であり、全ての報告で有意に生存期間延長が認められている。化学療法のレジメンはMTX/5-FU/ADM、MTX/5-FU/Epi-ADM、ETP/LV/5-FU であった。この種の臨床試験は日本では行われていない。しかし、BSC のみの報告では生存期間が 3.9ヶ月となっているため、予後3-4ケ月が切除不能進行期胃がんのnatural history と考えられる。
A-2.手術不能進行・再発胃がん化学療法レジメンと安全性
〔ガイドライン 1〕単剤の化学療法では
①5-FU (±LV)
②経口フッ化ピリミジン (FT,5′DFUR,HCFU)
③経口フッ化ピリミジン合剤 (UFT,S-1)
④CPT-11
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 1〕併用化学療法では
①MTX/5-FU
②5-FU/MMC/Ara-C (MFC)
③5-FU/MMC (MF)
④FT/MMC
⑤UFT/MMC
⑥5′DFUR/MMC
⑦5-FU/ADM
⑧5-FU/ADM/MMC (FAM)
⑨5-FU/CDDP
⑩5-FU/ADM/MTX (FAMTX)
⑪VP-16/ADM/CDDP (EAP)
・エビデンスの質:Ⅰ
・勧告のグレード:B
進行期胃がんに対して行う化学療法レジメンは種々試みられ、その有用性を証明するため多くの比較試験が施行されている。そのうちエビデンスの質をⅠと評価した臨床試験で検討された化学療法レジメンと、第Ⅱ相試験で有効性が証明され、胃がんが保険診療の適応疾患として承認されているHCFU, S-1,およびCPT-11を進行期胃がんに対する化学療法剤として記載した。
エビデンスの質をⅠと評価した臨床試験で検討された化学療法では、奏功率で対照群より有意性を示すものがあるが、生存期間延長が示された化学療法レジメンはFAM 療法に対するFAMTX 療法のみである。この事実から欧米ではFAMTX 療法を標準的治療とする考え方があるが、日本の検討では骨髄抑制が強いため安全性の観点からADM の使用ができないことが多いとの報告があり、現時点において進行期胃がんの化学療法には標準的治療が存在しないと判断する。したがって、前述の化学療法レジメンはどれをも実地医療として施行可能であり、現時点で得られるエビデンスから特定の化学療法を施行すべきかを勧めることはできない。ここで、日本で行われた大規模臨床試験の結果を尊重すれば、厚生省がん助成金による臨床試験 (JCOG) の結果は参考になる。その比較試験では,UFT/MMC : 5-FU/CDDP : 5-FU 単独の奏功率は9% : 34% : 10%であり、生存期間に有意差は認めないものの5-FU/CDDP (FP 療法) の有効性が高いことを示した。ただし、この結論として、今後の胃がんの化学療法比較試験では5-FU単独が対照群として必要であるとの見解を示しており、実地医療においてFP療法の施行を勧めるものではない。しかし、最近の日本胃癌学会のアンケート調査は進行胃がん、PS 0-2の症例に対する第一選択はFP療法 (64%)という結果を示しており、2位の5-FU/MTX(15%) を大きく引き離している。ちなみに、第二選択の第1位は 5-FU/MTX (43%) であった。FP療法は安全性が高いと言われているが問題点は5-FUの投与方法が静注、持続点滴、経口投与、あるいは5-FUとCDDPの投与量が少量、大量と極めて多様な施行方法が取られており、適正使用と安全性の観点からは実地医療として行う時は統一した方法が望まれるものの、現時点ではそれは困難な状況である。日本において大規模な臨床試験でその有用性を示すことが期待される。
胃がんに対し最近承認されたCPT-11とS-1 は第Ⅱ相試験の成績は前者の奏功率が 20-25% 、後者が50% 前後である。しかし、有用性を検証する比較試験が未施行であるため、実地医療での使用は慎重に行う必要があり、とくに、安全性を保つ意味で投与方法と投与量については当該薬剤の使用指示に従って投与すべきである。
なお、ADM の誘導体として開発されたTHP とEPIRも日本では胃がんも適応疾患として承認されており、ADM の代替として使用可能である。
A-3. 手術不能進行・再発胃がん化学療法の期間
〔ガイドライン〕薬物有害反応が許容範囲内で、患者の同意があれば、増悪が認められない間は同じ化学療法を続けることが勧められる
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:E
進行期胃がんの化学療法をどこまで継続すべきかのエビデンスはないが、化学療法に低感受性の腫瘍では”stable disease”の意義も論じられており、腫瘍に増悪傾向が認められない間は施行している化学療法を中止する理由はない。したがって、胃がんの実地医療では、stable diseaseが継続する間は同じ化学療法を続けることが無難である.
A-4. 手術不能進行・再発胃がんのsecond lineの化学療法
〔ガイドライン〕最初に行った化学療法と異なるレジメンでガイドラインで取り上げられたレジメ ンがsecond line の化学療法となり得るが、その有効性の証明はない
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:E
標準的化学療法のない胃がんの化学療法に未だfirst lineの化学療法とsecond line の化学療法の区別はない。一般的に最初に行った化学療法と異なるレジメンがsecond line の化学療法となる。その場合、どの程度の効果が期待できるかのエビデンスはない。
B.手術不能進行・再発大腸がんの化学療法
B-1. 手術不能進行・再発大腸がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕進行・再発大腸がんに対し抗がん剤による化学療法を実地医療で行うことは生存期間延長に関してメリットがある
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
進行・再発大腸がんに対して抗がん剤による化学療法の意義をBSC を対照に検討した臨床試験では、対照の生存期間 (MST)が5ヶ月に対し、5-FU/LV/CDDPのそれは11ヶ月であった。また、70歳以上の高齢者で、大腸がんを主体とする消化管がん157 例をBSC 群と5-FU/LV の化学療法群で無作為化比較試験をした最終報告では抗腫瘍効果も生存期間延長においても化学療法群が有意に優っていた。さらに、完治不能例を診断直後から化学療法 (MTX/5-FU) を行った群と症状発現後に初めて化学療法を行った群の比較では1年生存率もMST も前者が良好であったという報告もある。これらのエビデンスを基に考慮すれば、進行・再発大腸がんに対する併用化学療法は意義あるものと評価できる。なお、患者のPSでは、PS 0-1とPS 2では前者が奏功率もMST も優っており4)、化学療法施行の対象患者PSを重視する必要がある。
B-2. 手術不能進行・再発大腸がんの化学療法レジメンと安全性
〔ガイドライン 1〕進行・再発大腸がんに対し標準的と見なされる併用化学療法レジメン
① 5-FU/LV
② UFT/LV
③ MTX/5-FU
④ CPT-11/5-FU
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕標準的ではないが、実地医療で行われている化学療法レジメン
① 5-FU (静注、また持続点滴)
② 経口フッ化ピリミジン (FT,5′DFUR,HCFU)
③ 経口フッ化ピリミジン合剤 (UFT)
④ CPT-11
⑤ ⑤5-FU/CDDP
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
進行・再発大腸がんに対して行う化学療法レジメンは種々試みられ、他の化学療法レジメンと比較試験でその有用性を証明されているものは、5-FU/LV(対 5-FU)で10報告ある。その有意性は奏功率で認められているが、生存期間延長では認められず、メタアナリシスでも同じ傾向である (エビデンスのレベル:Ⅰ) 。しかし、欧米では5-FU/LV は大腸がんの標準的化学療法と位置づけられており、日本でも保険診療により実地医療でも行える状況となっていることから尊重すべきレジメンである。また、 UFT/LVは5-FU/LV に対して抗腫瘍効果は同等であるが、毒性が少ないとされており、日本の本格的な報告はないが、考慮すべき化学療法である。5-FU/MTXもメタアナリシスで5-FU単剤より奏功率もMST も有意に良好であるとされている (エビデンスのレベル:Ⅰ) 。CPT-11/5FU/LV については、最近の欧米の大規模臨床試験の報告は奏功率、MST とも5-FU/LV を凌いでおり、このレジメンが5-FU/ LVに代わり欧米での標準的治療の地位を確立した。日本では臨床試験が未施行であるためその確認がなされるまでは実地医療で行うことは慎重にすべきである。これら進行・再発大腸がんの標準的化学療法と見なされる化学療法 (5-FU/LV, CPT/5-FU/LV) には投与方法や投与量が多様であるという問題点があり、実地医療ではその統一が諮られたいが、なかなか困難である。たとえば、5-FUは静注 (one push) か持続点滴か、LVは大量投与か、低用量投与かなどである。前者はやや持続点滴が有利という成績があり、後者はほぼ同じ結果という成績が示されていることが参考となる。
前述した化学療法レジメンは標準的な治療と見なされているが、生存への影響にそれほど大きなインパクトを示しておらず、そのため本邦の実地医療では他の化学療法レジメンを行うことがしばしば認められる。そうした中で近年最も多く行われている化学療法レジメンが5-FU/低用量CDDPである。しかし、このレジメンの真の有用性を示す大規模な臨床試験成績はなく、施行方法も多様であり、たとえ一定の有効性が認められても、それらの報告のエビデンスのレベルは低く、勧告のグレードはBとせざるを得ない。そのほか、経口フッ化ピリミジン、5-FU単剤、CPT-11単剤も実地医療として行うことは、種々の臨床試験報告で有効性が示されているため問題はないが、エビデンスのレベルから勧告の強さは同じくBと評価する。
大腸がんの化学療法レジメンの安全性は概ね良好であるが、全てのレジメンで血液毒性発現の可能性はあり、非血液毒性の口内炎(5-FU)や下痢 (CPT-11) には十分注意すべきである。とくにPSが良好でない症例での化学療法は慎重になるべきであり、安全性の観察を密にする必要がある。
B-3. 手術不能進行・再発大腸がんの化学療法の期間
〔ガイドライン〕薬物有害反応が許容範囲内であり、患者の同意があれば、増悪が認められない間は化学療法を続ける
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:E
再発・進行大腸がんの化学療法をどれだけ継続するかのエビデンスはないが、腫瘍に増悪が認められない間は施行している化学療法を中止する理由はない。化学療法に低感受性の腫瘍ではstable diseaseが継続する間は一般的に継続する傾向が強い。
B-4. 手術不能進行・再発大腸がんのsecond lineの化学療法
〔ガイドライン〕CPT-11
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
5- FUが耐性となった進行・再発大腸がんに対してCPT-11を投与する臨床試験が行われ、CPT-11がMST を有意に延長し、QOL も改善するとの報告がある。ただし、CPT-11は血液毒性や下痢が発症しやすいため実地医療では慎重に利用すべきである。なお、このsecond lineのCPT-11の有用性を示した臨床試験の投与方法は日本のそれと異なるものであり、注意を要する。
C.進行・再発膵臓がんの化学療法
C-1. 進行膵臓がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕進行膵臓がんに対し抗がん剤による化学療法を実地医療で行うことが生存期間延長に有利であるかは不明である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
進行膵臓がんに対して抗がん剤による化学療法についてその意義を検討した二つの臨床試験の報告が認められる。一つは5-FU/CPA/ MTX/VCR 併用から5-FU/MMC併用を行った21例と無治療19例を比較した報告であり、この成績では併用化学療法群のMST が44週であるのに対し対照群のMST は9週であった。他の一つは5-FU/ADM/MMC (FAM 療法) と無治療の比較で、前者のMST 33週に対し後者のそれは15週であった。しかし、日本で行われた1/2 のFAM と無治療では差は認められていない。したがって、これらの成績のみから進行膵臓がんに対し抗がん剤による化学療法を実地医療で行うことの意義を明確に述べることはできない。
C-2. 進行膵臓がんの化学療法レジメンと安全性
〔ガイドライン 1〕進行膵臓がんの第一選択薬剤はGEM である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 1〕膵臓がんに対する抗がん剤として5-FUも選択に値する薬剤である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
進行膵臓がんに対しての臨床試験の化学療法レジメンは種々行われているが、いずれも小規模な比較試験、あるいは第Ⅱ相試験的なもので、各群44-50 例で行われた5-FU単独、5-FU/ADM, 5-FU/ADM/MMCの比較試験では、各奏功率が 30% : 30% : 8% であり、生存期間も全て22週と優れた化学療法の成績は得られていない。したがって、実地医療としてはこれらのレジメンで化学療法を行うことが可能であるが、薬物有害反応の観点からは現時点では5-FU単独投与が「勧告の強さB」として勧められる。しかし、米国で行われたGEM の臨床試験では5-FU単独と比較し1年生存率、寛解期間 (time to progression)のほかに、症状緩和 (癌性疼痛軽減など) に有意な効果を示し、進行膵臓がんの標準的化学療法の薬剤と位置づけられている。しかし、膵臓がんに対しては極めて期待できる化学療法は存在しないのが現状であるため、化学療法を行うことが一定の有用性を示す可能性があるも、実地医療では化学療法の施行は慎重に考慮すべきである。
D.消化器がんの術後補助化学療法
消化器がん領域の術後化学療法に関する有効性の是非についてはこれまで数多くの臨床試験が行われてきたにも関わらず、survival benefit に関するる明解なエビデンスを示す臨床試験報告はない。そうした状況下においてこのガイドラインでは従来報告された臨床試験のエビデンスレベルを基にガイドラインを作成する。
D-1. 胃がんの術後補助化学療法
D-1-1. 胃がん術後補助化学療法の役割
〔ガイドライン〕胃がん術後化学療法はsur- vival benefit がある
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
術後補助化学療法は術後の遺残がん細胞(microresidual cancer cell) のtotal cell killが目的であり、外科手術後の無再発生存期間、あるいは全生存期間の延長がエンドポイントとなる。なお、胃がんの再発形式の多くが腹膜再発であるため、がん病巣深達度やリンパ節転移の有無の進行度別に有用性を扱う必要がある。従来の手術単独群を対照とした13の臨床試験報告のメタアナリシスでは、 odds ratio O.80 (95%CI:0.66-0.97) が得られており、後層別解析でリンパ節陽性群に術後補助化学療法の有効性が示唆されている。
また、臨床試験によっては化学療法レジメンの相違により組織学的異型度Ⅲで生存期間延長傾向が見られたり、リンパ節転移陰性群およびsatge IBまたⅡで5年生存率の延長が見られるなど一定した傾向は見られていない。
D-1-2. 胃がん術後補助化学療法の対象
〔ガイドライン〕胃がん術後化学療法の対象はstage Ⅱ、Ⅲである
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
Stage I に対する術後補助化学療法の有効性は認められていない。リンパ節転移陰性群およびsate IB での有効性を認めた報告があるがactive controlを用いているためエビデンスレベルに問題があり、獎膜非浸潤例(T1,T2) に対してはbenefit の報告がないことから、術後の遺残胃がん細胞に対する術後補助化学療法の制御による延命が期待できるのはstagⅡおよびⅢと推定される。
D-1-3. 胃がん術後補助化学療法のレジメンとその効果および安全性
〔ガイドライン 1〕抗がん剤の単独投与
MMC
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 2〕抗がん剤の併用療法
MMC + FT
MMC + 5FU + ADM (FAM)
5FU + mCCNU
5FU + BCNU
Epi-ADM + 5FU + LV
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 3〕抗がん剤の腹腔内投与
MMS + 5-FU
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
術後補助化学療法の臨床試験で有効性が示唆された化学療法は、単剤ではMMC 、併用化学療法のレジメンではMMC+FT, MMC+5FU+ADM, 5FU+mCCNU, 5FU+BCNU, Epi-ADM+5FU+LV である。MMC は国内外で単剤と手術単独群との比較試験が行われ、5年生存率が優れているという報告があり、安全性も許容されるものである。経口フッ化ピリミジン系抗がん剤は現在までに多用されているにもかかわらずこれまで手術単独群との無作為化比較試験が行われておらず、有効性を示すエビデンスが得られていない。しかし、現在NSAS(Natinal Surgical Adjuvant Study) で獎膜浸潤陰性およびリンパ節転移陽性 (n1-2) 例での手術単独群とUFT 投与群との比較試験が進行中で、その結果が経口フッ化ピリミジン系抗がん剤の有効性をどう示すかが注目される。
一方、併用化学療法に関しては欧米で手術単独群を対照とした種々の無作為化比較試験が報告されており、術後補助化学療法の有効性について相反する結果が見られる。ガイドラインの併用療法はそれらのうちodd ratio のみで解析した場合の有効結果が得られたレジメンを示しており、抗がん剤別、あるいは化学療法レジメン別で一定の傾向はない。しかし、メタアナリシスの subgroup解析では、5-FU+ アンスラサイクリン系抗がん剤で有効性が示唆されている。
局所投与として手術時に肉眼的獎膜浸潤陽性例 (T3,T4)に対してMMC + 5-FUの腹腔投与が手術単独群より5年生存率の延長を認めた報告があるが、腹腔内感染症や出血の増加が見られている。
D-1-4. 胃がん術後補助化学療法の開始時期と期間
〔ガイドライン〕術後2-6週以内に開始術後補助化学療法の施行期間は静脈投与で4-6コース(4-6 カ月) 、経口投与で1-2年とする
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:D
胃がん術後補助化学療法について開始時期やその施行期間を検討した臨床試験成績はないが、術後合併症が認められなければ術後2-6週以内に開始され、静脈投与ならば4-6コース、経口剤では1-2年が一般的に行われてきた。
D-2.大腸がんの術後補助化学療法
D-2-1. 大腸がん術後補助化学療法の役割
〔ガイドライン 1〕大腸がん術後化学療法はsurvival benefitがある
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
結腸がんの手術単独群に対する化学療法群の成績は、Dukes C において3年無再発生存率、および全3年生存率で有意に優れていることが示されているが、Dukes B では結果が一定していない。したがって、高度脈管およびリンパ管浸潤など予後不良因子に対して僅かではあるがsurvival benefitが期待できる可能性がある。
一方、直腸がんではDukes B,C とも欧米では術後補助化学療法の有効性は証明されていないが、本邦ではDukes B,C の 治癒切除例やT3,4 N1,2,3 症例で術後補助化学療法による生存期間延長という報告がある。
〔ガイドライン 2〕大腸がん術後肝局所療法 は肝再発を防止し、sur- vival benefit がある
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
結腸がん術後再発は肝再発が最も多く、手術後既に微小転移が成立していると考えられている。そのため、術後肝転移再発防止のために5-FUの門脈内投与の有効性が臨床試験として検討されている。10試験のメタアナリシスでは2年生存では有意差はないが、5年生存率で門脈内投与群が有意に優れていた。また、 Dukes B で5年生存率の有意な増加が認められている。一方、肝再発の肝切除後の肝動注も有効性が示唆されている。
D-2-2. 大腸がん術後補助化学療法の対象
〔ガイドライン〕大腸がん術後化学療法の対象は、進行度Dukes B,C 、すなわち獎膜浸潤陽性、あるいはリンパ節転移陽性例である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
大腸がんの術後補助化学療法の対象は、進行度Dukes B,C であるが、結腸がんDukes B,直腸がんDukes B,C における術後補助化学療法の有効性に関するコンセンサスは得られていない。
D-2-3. 大腸がん術後補助化学療法のレジメンとその効果および安全性
〔ガイドライン 1〕5-FU + LV
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕MMC + 5-FU (またはFT)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:C
大腸がんの術後補助化学療法レジメンはメタアナリシスにおいて5-FU+LV が手術単独群に3年生存率、および3年無再発生存率で有意に優れていることが示され、現時点での標準的レジメンと見なされている。このレジメンは外来でも安全に施行可能である。なお、5-FU+LV 療法はRPMIレジメン、Machoverレジメン、Mayoレジメンなど投与法や投与量が種々あり、ヨーロッパでも異なった方法が採用されている。しかし、それらに大きな差異は認められていない。
本邦では経口フッ化ピリミジンによる術後補助化学療法が多用されており、直腸がんでのMMC + FTの有効性が示されている。また、本邦の臨床試験のメタアナリシスの報告ではMMC + 経口フッ化ピリミジンが生存率を上げるとしている。
D-2-4. 大腸がん術後補助化学療法の開始時期と期間
〔ガイドライン〕術後2-6週以内に開始するのが効果的であり、6-12カ月の施行期間が妥当である
・エビデンスのレベル:開始時期 なし 施行期間 I
・勧告のグレード:開始時期 D 施行期間 B
術後補助化学療法の開始時期に関するエビデンスはないが、胃がん同様術後合併症がなければ、経験的に術後2-6週以内に開始するのが妥当と判断する。一方、術後補助化学療法の施行期間を6カ月と12カ月の比較試験が行われ、その効果は無再発生存率および生存率で12カ月施行群が優れていた報告もあるが、同等であるという報告もあり、6-12カ月と幅を持たせた施行期間をガイドラインとするのが妥当であろう。
4.乳がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
高嶋成光(国立病院四国がんセンター)
佐伯俊昭(国立がんセンター東病院外科)
●概説
乳がんは抗がん剤中等度感受性のがんであり、ホルモン受容体を有するがん細胞はホルモン感受性を有する。したがって、抗がん剤やホルモン拮抗剤に対して高い抗腫瘍効果が期待でき、転移性乳がん (Stage Ⅳ進行乳がん、または再発乳がん) でも生存期間の延長も可能であるが、治癒までに至ることは殆どない。進行・再発乳がんが診断された場合、転移の範囲や部位を明確にした後、年齢(閉経前後)、無再発期間、ホルモン受容体の有無を検討する必要がある。それらの状況により治療戦略が大いに異なるからである。転移性乳がんの治療はその相違に応じて現状での薬剤の標準的使用がほぼ確立しているため、それを熟知する必要がある。
乳がんの術後補助化学療法についても項を設けて言及する。
●ガイドライン
A.転移性乳がんの化学療法
A-1-1. 転移性乳がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕転移性乳がんでホルモン依存性のない場合に化学療法の適応があることを勧告 また、内蔵転移症例はホルモン依存性の有無にかかわらず適応である
・エビデンスのレベル:生存期間 Ⅰ QOL Ⅱ
・勧告のグレード:生存期間 A QOL B
乳がんの化学療法はホルモン依存性のない転移性乳がんに適応があるが、ホルモン依存性の有無にかかわず内蔵転移症例では積極的に施行される。ホルモン依存性が認められる症例では内分泌治療薬と併用されることもあるが、化学内分泌療法の有用性は化学療法単独と独立した治療法として考えられている。
A-1-2. 転移性乳がんの内分泌療法の役割
〔ガイドライン〕転移性乳がんでホルモン受容体が陽性で骨・軟部組織に再発巣が限局している症例では内分泌療法
・エビデンスのレベル:生存期間 Ⅰ QOL A
・勧告のグレード:生存期間 A QOL A
乳がんの増殖には幾つかのホルモンが影響するが、最も強い増殖因子は女性ホルモンのエストロゲンである。したがって、乳がんの内分泌療法の殆どはエストロゲン作用を阻止することを目的としており、それが抗腫瘍効果となることを期待している。以前は閉経前症例に卵巣摘徐がしばしば行われたが、現在では薬物による内分泌療法が一般的である。内分泌療法の有効性はエストロゲン受容体やプロゲステロン受容体に依存しており、両者の陽性乳がんでは約80% の奏功率が期待できる。したがって、ホルモン受容体が陽性で骨や軟部組織に再発巣が限局している症例では内分泌療法が第一選択となる。
A-2. 転移性乳がんの化学療法の対象
〔ガイドライン〕転移性乳がんでホルモン依存性があり、骨・軟部組織転移には内分泌療法優先
単独脳転移には放射線療法が優先 これら優先条件が満たされない場合は化学療法が対象
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
A-3-1. 転移性乳がん治療に使用される化学療法剤
〔ガイドライン〕①ADM+CPA (AC)
②CPA+ADM+5-FU (CAF)
③タキサン類 (TAL,TXT)
④経口フッ化ピリミジン
⑤CPT-11
・エビデンスのレベル:① Ⅰ
② Ⅰ
③ Ⅰ
④ Ⅰ-Ⅲ
⑤ Ⅱ
・勧告のグレード:① A
② A
③ A
④ C
⑤ C
ホルモン受容体が陰性、あるいは陽性でも内蔵転移を伴う患者や病状が急激に悪化している患者では化学療法が優先される。その場合、第一次化学療法としてはアンスラサイクリンを含む併用化学療法としてADM+CPA(AC療法) 、あるいはCPA+ADM+5-FU (CPM 療法) が選択される。第一次化学療法の奏功率は60- 80% 程度である。CR率も10-20%期待でき、効果が認められた場合の生存期間は15-33 カ月である。一部では長期無病生存も認められるが、治癒は困難である。第一次化学療法が無効な場合は第二次化学療法としてタキサン類が考えられる。経口フッ化ピリミジンやCPT-11などはエビデンスが不十分である。
A-3-2. 転移性乳がん治療に使用される内分泌療法剤
〔ガイドライン〕①TAM
②LH-RH agonist
③aromatase 阻害剤
④黄体ホルモン (MPA)
・エビデンスのレベル:① Ⅰ
② Ⅰ
③ Ⅰ
④ Ⅱ
・勧告のグレード:① A (閉経前・後)
② A (閉経前)
③ A (閉経後)
④ C (閉経前後)
転移性乳がんの組織にホルモン受容体が陽性で、転移が骨や軟部組織ならば内分泌療法が優先される。その場合、閉経前患者ならば第一次内分泌療法の選択は LH-RH agonist 単独、またはTAM の併用であり、MPA が二次選択薬剤となる。一方、閉経後患者ならば第一次内分泌療法の選択はTAM またはaromatase 阻害剤であり、MPA はそれらの薬剤が無効な場合に考慮される。近年、aromatase 阻害剤がTAM より良好な成績であるという臨床試験の成績も報告されている。
内分泌療法薬剤の併用や化学内分泌療法については標準的治療として確立したレジメンはなく、未だ研究段階と考えるべきである。
A-4-1. 転移性乳がんの化学療法の施行期間
〔ガイドライン〕化学療法の施行期間は一般的に腫瘍の状態がProgres-sive Diseas (PD)になるまで継続すべきであるが、アンスラサイクリン使用の場合は投与総量がADM 量として500mg/ m2 以下である
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:A’
転移性乳がんの化学療法は通常は抗腫瘍効果がPDとなるまで継続すべきであるが、アンスラサイクリンを使用している場合はその蓄積毒性として心毒性の発現は致死的であるため投与総量がADM 等価として550 mg/m2 以下とすべきである。これは乳がんに限らずアンスラサイクリン系薬剤を使用する化学療法において心毒性回避のための必須事項である。
A-4-2. 転移性乳がんの内分泌療法の施行期間
〔ガイドライン〕内分泌療法の施行期間は一般的に腫瘍の状態がPDになるまで継続する
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
B.乳がんの術後補助療法
B-1. 乳がんの術後補助療法の役割
〔ガイドライン〕原発性乳がんに対する術後補助化学療法、術後補助内 分泌療法は健存率および生存率を向上させるのに有効であり、node-negative(一部の予後良好症例を除く), node-positive いずれの症例にも行うことが適切である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
乳がんに対する補助療法については世界的に多くのコンセンサス会議が開催され、NIH Physician’s Data Quiery 、National Com- prehensive Cancer Network Guidelinees 、Canadian Medical Association Guide、Early Breast Cancer Trialists’ Collabo- rative Group、International Consensus Conference of Primary Treatment of Breast Cancerなどガイドラインも複数存在する。しかし、日本の乳がんが欧米のそれに比べて比較的に予後良好であることから、欧米の乳がんとは生物学的に相違がある可能性も示唆されている。したがって、種々の国際的ガイドラインを参考として本邦の乳がん治療に合ったガイドライン作成が必要である。
B-2. 乳がんの術後補助療法の対象
〔ガイドライン〕Stage I, II の原発性乳がんを対象とし、再発の危険性が中等度、または高い node-negative 症例、node positive 症例は全てに補助化学療法、または補助内分泌療法を行うのが適切である。なお、再発の危険性が中等度node-negative 症例とは腫瘍サイズ1.1-2cm, ER/PgRのどちらかが陽性、Grade 1-2 の症例を示し、再発の危険性が高いnode- negative症例とは腫瘍径 2 cm以上、ER/PgRがどちらも陰性、Grade 2-3, 年齢35歳未満を指す
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
B-3. 乳がんの術後補助療法の薬剤と安全性
〔ガイドライン 1〕node status, node-nega- tive症例のカテゴリー、閉経状況、ER状況で薬剤を選択するのが適切である。node-negative カテゴリーおよび諸条件による治療戦略の相違は別表に記載
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕TAM はER(+) の閉経後症例の補助療法として特に有効であるが、ER(-) の閉経前症例には効果は認められない
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 3〕多剤併用化学療法は単剤に比べ優れている
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 4〕補助化学療法のレジメンとして、CPA+MTX+5-FU(CMF療法),CPA+ADM(AC療法), CPA+ADM+5-FU(CAF 療法) の有効性が示されており、アンスラサイクリン系薬剤を含むレジメンの方が健存率、生存率とも良好
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 5〕 標準的レジメン (CMF 療法, AC療法, CAF 療法) では致死的副作用は稀であるが、倦怠感、脱毛、悪心・嘔吐、骨髄抑制は起こり得るので、そうした事象の情報は患者に充分説明すべきである。さらに、アンスラサイクリン系薬剤には総投与量に依存する心毒性があることを説明する
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:A’
フッ化ピリミジンについては有効性を示す無作為化比較試験の成績が少ないため、ここでは言及しない。
5.婦人科がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
落合和徳(東京慈恵会医科大学産婦人科)
岡本愛光(東京慈恵会医科大学産婦人科)
勝又範之(国立がんセンター中央病院内科)
●概説
婦人科がんに対する抗がん剤適正使用ガイドラインを卵巣がん、子宮体がん、および子宮頸がんに分けて記述する。
●ガイドライン
A.卵巣がん
卵巣腫瘍には臨床病理学的分類として、表層上皮性由来、胚細胞性由来、性索間質細胞由来など組織多様性が著しいが、表層上皮性由来の腫瘍に対してのみ良性、境界悪性、悪性の三つのカテゴリーが存在する。卵巣がんとは一般的に全悪性卵巣腫瘍の80% 以上を占める表層上皮由来の表層上皮・間質性悪性腫瘍をいう。さらに卵巣がんは組織学的に漿液性嚢胞性腺がん、粘液性腺がん、類内膜腺がん、明細胞腺がんなどに分類される。抗がん剤適正使用ガイドラインではこれらを一括して卵巣がんとする。
A-1. 卵巣がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕卵巣がんの治療は遠隔転移がある場合を除いては手術が基本であるが、化学療法に感受性があり、手術と適切な化学療法の組合せで延命効果が期待できる
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
卵巣がんは抗がん剤に対し感受性が高度または中等度であり、奏功率は60-80%と高い。化学療法の意義は臨床病期毎に異なる。進行あるいは再発卵巣がんに対するBSC vs 化学療法の比較試験は行われていないが、化学療法同士の比較試験やメタアナリシスで生存期間延長が認められることから、間接的に化学療法が生存率を向上させるという証拠を得ることができる。
A-2. 卵巣がんの化学療法の対象
〔ガイドライン 1〕臨床病期Ⅰ期はIA,grade I 場合のみ化学療法を省略し、それ以上に進展したものについては術後補助化学療法が勧めらる
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 2〕臨床病期Ⅱ期は術後の化学療法は必須である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 3〕臨床病期・期は基本的手術療法と術後化学療法の併用が標準的である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 4〕臨床病期Ⅳ期は化学療法を行うが、全身状態が良ければdebulkingsurgeryを併用する
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
A-3. 卵巣がんの初回化学療法に使用される抗がん剤
〔ガイドライン〕①TXLまたは TXT+CDDP(TP)
② TXLまたは TXT+CBDCA (TJ)
③CPA+CDDP (CP) (+ADM)
④CPA+CBDCA (CJ)
・エビデンスのレベル:① Ⅰ
② Ⅰ
③ Ⅱ
④ Ⅱ
・勧告のグレード:① A
② A
③ Ⅱ
④ Ⅱ
TXL が開発されて以来、ⅢまたはⅣ期の進行期卵巣がんを対象にTP vs CPの大規模比較試験が行われ、奏功率、無病生存期間、あるいは生存期間においていずれもTPが有意に良好な成績が示させれ、現時点においてはTPが標準的治療とされている。また、CDDP vs CBDCA は同等の成績を示していることから、CBDCA はCDDPの代替となり得ると考えられている。さらに、TP vs TJの比較試験の中間報告でも奏功率や生存期間は同じで、TPは神経毒性が強く、TJは血液毒性が強いということが報告されていることからもTJも卵巣がんの標準的化学療法と評価される。なお、TXL vs TKT も有効性に差がないことが大規模比較試験で報告されている。
A-4. 卵巣がんの化学療法の施行期間
〔ガイドライン〕卵巣がんの化学療法は一般的に6サイクルが推奨されている
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
ⅡC 期からⅣ期の卵巣がん患者をCAP 療法5サイクルを行う群と10サイクルを行う群と比較した試験では奏功率、生存率とも差が認められていない。ⅢおよびⅣ期を対象としたCAP 療法6サイクルと12サイクルの比較試験でも生存率に差は認められていない。したがって、この二つの報告から化学療法を長がく継続する意義は認められていない。ただし、この臨床試験はCAP 療法について行われてものであり、タキサン類を含む化学療法の比較試験ではないので、勧告のグレードをBとした。
A-5. 再発・再燃卵巣がんの化学療法
〔ガイドライン〕再発・再燃時期により治療戦略が異なる
① 6か月以内の再発標準的治療なし
② 6か月以上の再発 もう一度白金製剤を含むレジメンの化学療法
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
salvage chemotherapyを行っても奏功率は10-40%で、奏功期間は6か月程度である。初回化学療法である白金製剤の投与が終わり、その休薬期間が長いほど再び白金製剤の奏功する可能性が大きい。したがって、白金製剤に反応している間は同じレジメンを繰り返してもよい。白金製剤が耐性になった症例では他に有効とされる薬剤は少ないが、TXL は40% 程度の奏功率を示す。初回化学療法にTXL が使われた場合はsalvage 療法としてTXL の有用性は低くなる。その他の薬剤としては、IFM, L-PAM, VP-16, CPT-11などがあるが、その効果の程度は明確ではない。
B.子宮体がん
子宮体がんの多くは比較的早期の発見が多いため手術により予後が良好な場合が多い。しかし、進行がんや再発がんは依然として予後不良であり、予後改善のため化学療法にかける期待は大きい。
B-1. 子宮体がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕子宮体がんに対する化学療法の役割は未だ確立していない
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
子宮体がんはホルモン依存性があり、薬物療法としては化学療法で標準的治療はなく、黄体ホルモン療法の適応となることが多い。しかし、黄体ホルモン療法の奏功率も15-30%程度であり、その効果はホルモン受容体 (ERまたはPR) に依存するといわれている。
B-2. 子宮体がんの化学療法の対象
〔ガイドライン〕臨床病期Ⅳ期が対象
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
欧米では子宮体がんに対して手術と放射線療法の組合せが一般的で、化学療法は骨盤外に進展したⅣが対象とされる。Ⅲ期までの症例に対して本邦ではむしろ化学療法がad- juvant療法として選択される傾向にあるが、その有用性を示すエビデンスはない。
B-3. 子宮体がんに使用される抗がん剤
〔ガイドライン〕子宮体がんに使用する確立された化学療法はない
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
子宮体がんの化学療法は確立されていないものの、日常臨床で使用されている抗がん剤にはCDDP,CBDCA,ADM,5-FU,CPA,IFM などである。この中でもADM と白金製剤が40% 前後の奏功率で、それらが多剤併用療法の主たる抗がん剤となっている。併用療法ではCAP 療法が奏功率45% という報告がある。タキサン類も考慮されるが、未だ試験段階である。
B-4. 子宮体がんの化学療法の施行期間
〔ガイドライン〕子宮体がんは化学療法が確立していないため、多くの化学療法は試験的に行われている
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:D
C.子宮頸がん
C-1. 子宮頸がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕子宮頸がんに対する化学療法の役割は未だ確立しておらず、その目的は進行・再発症例に対する姑息的治療である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
子宮頸がんに対する主たる治療は手術と放射線療法であり、化学療法は術後補助化学療法か、進行・再発に姑息的治療として行われる。ただし、進行・再発では効果が得られた症例ではその治療目的を達している。
C-2. 子宮体がんの化学療法の対象
〔ガイドライン〕臨床病期、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ期および再発症例が対象として考えられる
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
子宮頸がんに対してはⅡ、Ⅲ期の術後補助化学療法としては標準的治療とはなっていないが、放射線療法単独より放射線療法と化学療法の同時併用療法が生存期間を有意に上回ったという報告がある。
C-3. 子宮頸がんに使用される抗がん剤
〔ガイドライン 1〕進行・再発子宮頸がんに使用される抗がん剤
①CDDP単剤
②BLM+IFM+CDDP (BIP)
③BLM+VCR+MMC+CDDP(BOMP)
④CPT-11
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 2〕進行子宮頸がんの放射線療法との併用で使用される抗がん剤
①CDDP
②CDDP+5-FU
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
子宮頸がんの化学療法は現時点では主治療の一つとして認識されるに至っていない。再発がんの場合、肺転移などが化学療法が第一選択となるが、BIP 療法やBOMP療法などが汎用されている。最近ではCPT-11とCDDPの併用も試みられている。
進行子宮頸がんに対する化学療法併用放射線療法として放射線療法単独と放射線療法プラスCDDP+/-5-FU が比較され、化学療法併用群に有意な生存期間の延長が見られている。
そのほかの報告でも放射線療法にCDDPを含む化学療法を併用することの有用性が示されており、進行子宮頸がんの治療戦略として放射線治療を主治療とする場合は放射線療法に化学療法を併行して行うことが勧告される。
C-4. 子宮頸がんの化学療法の施行期間
〔ガイドライン〕子宮頸がんの化学療法をどのくらいの期間施行するかのエビデンスはない
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:D
6.泌尿器がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
赤座英之(筑波大学臨床医学系泌尿器科)
●概説
泌尿器がんに対する抗がん剤適正使用ガイドラインを膀胱がん(尿路上皮がん)、腎細胞がん、精巣腫瘍および前立腺がんに分けて記述する。
●ガイドライン
A.膀胱がん(尿路上皮がん)
A-1. 膀胱がん (尿路上皮がん) の化学療法の役割
〔ガイドライン〕膀胱がん (尿路上皮がん) の化学療法は臨床病期にしたがって行う戦略がとられている
A-2. 膀胱がん (尿路上皮がん) の化学療法
〔ガイドライン 1〕膀胱がんのstage 0, stage I の化学療法は膀胱内注入療法を行う
使用する薬剤 ①ADM, EPIR ②BCG
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
筋層浸潤のない表在性膀胱がんは致命的になる可能性は少なく、多くの症例で内視鏡手術で対応するが、再発予防を目的とした薬剤の膀胱内注入が行われる。注入薬剤は抗がん剤ではアンスラサイクリン系薬剤が多いが、そのメリットは早期再発の予防にある。BCG は抗がん剤より優れた再発予防、および進展抑制効果を示しており、無治療と比較し、浸潤がんへの進展抑制、膀胱温存率や生存率の向上が示されている。
〔ガイドライン 2〕膀胱がんのstage Ⅱ-Ⅲはアジュバント、あるいはネオアジュバント化学療法として行う
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
筋層へ浸潤する局所進行性膀胱がんに対して膀胱全摘術の5年生存率は50-60%であり、その成績改善のため微小転移巣の根絶を目的に術前補助化学療法が試みられてきたが、非施行群に比較し有意な生存率の改善は認められていない。一方、膀胱全摘出例の中でも膀胱周囲組織に浸潤する症例やリンパ節転移陽性の症例はがんの全身疾患と考え、術後補助化学療法が行われている。これについては大規模無作為比較試験やメタアナリシスの報告はないが、数多くの中規模な比較試験の成績があり、非再発率、生存率で術後補助化学療法群が未施行群に有意に予後が改善しているとする報告がある。しかし、標準的と評価できる状況ではない。
〔ガイドライン 3〕膀胱がんのstage Ⅳには積極的に化学療法が行われる
主な化学療法レジメン ①CDDP+CPA+ADR (CISCA)
②MTX+VLB+ADR+CDDP (MVAC)
③CDDP+MTX+VLB (CMV)
④MTX+EPIR+CDDP(MEC)
⑤MEC+G-CSF (intensi- fied MEC)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
膀胱がんを主とする尿路移行上皮がんは抗がん剤に中等度の感受性を示すことから、進行例においてはCDDPを中心とした化学療法が積極的に行われている。代表的なレジメンは①-③で、とくにMVAC療法はCISCA 療法を対照とする大規模無作為化比較試験で有意に有効性が確認されており (奏功率 65% vs 46%, 生存期間 48.3w vs 36.1w)、広く普及している。一方、本邦においても②、④、⑤の比較試験が行われ、奏功率ではintensified MEC 療法が有意に優れていた。ただし、未だ長期予後の生存率の比較までには至っていない。ここで注意すべきはMVAC療法では骨髄抑制が強いため高齢者で重篤な合併症を招来しやすいことであり、6年以上の生存率が3.7%という成績を念頭におくべきである。
B.腎細胞がん
B-1. 腎細胞がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕腎細胞がんの実地医療において全ての臨床病期で化学療法を勧告するエビデンスはない
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:D
B-2. 腎細胞がんのサイトカイン治療
〔ガイドライン 1〕腎細胞がんstage ⅡまたはⅢの術後補助療法としてインターフェロン(IFN)またはIL-2
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
〔ガイドライン 2〕腎細胞がんstage Ⅳのサイトカイン治療としてインターフェロン (IFN)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
腎細胞がんstage Ⅱ-Ⅲの術後補助療法としてIFN-αが用いられているが、生存期間にインパクトを与えるという比較試験の成績はない。また、stage ⅣではIL-2, IFN-α, IL-2+IFN-αの比較試験では奏功率やevent free survival では併用群が有意に良好であったが、生存率に差はなく、副作用が強いため併用効果が薄いと判断されている。したがって、腎細胞がんstage ⅣにはIFN-αが奏功率は低いが、サイトカイン療法として一応試みる価値がある治療である。
C.精巣腫瘍
C-1. 精巣腫瘍の化学療法の役割
〔ガイドライン 1〕精巣腫瘍satge Ⅰに対する術後補助化学療法は不要
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:C
〔ガイドライン 2〕進行性精巣腫瘍satge Ⅱ-Ⅲに対する化学療法
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
進行性精巣腫瘍はCDDPの導入以来、化学療法と残存腫瘍の外科的切除の併用で70-80%の根治率が得られるようになり、化学療法で高率に得られる数少ない固形癌の一つである。したがって、計画性に欠ける治療は本来治癒可能な症例でも不幸な転帰を招きかねないため、医療側は十分な配慮が必要である。進行性精巣腫瘍は予後規定因子に基づいて治癒率の高いgood risk 群とintermediate群、予後不良なpoor risk 群に分けて検討されることが多い。
C-2. 進行性精巣腫瘍の化学療法レジメン
〔ガイドライン 1〕進行性精巣腫瘍 good risk 群 intermediate群
① CDDP+VP-16+BLM (PEB) 3コース
② VP-16+CDDP (EP) 4コース
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
good-risk 群では90% 前後、intermediate群では80% 前後の長期生存が得られることから、治癒率向上とともに副作用軽減についても同時に検討されてきた。その結果、CDDPの導入当初に確立した CDDP+VLB+BLM(PVB療法) よりPEB 療法が毒性が少ないことが明らかとなり、さらに、BLM の必要性の検討からPEB 療法3コースにおいてはレジメンにBLM が必須であることが判明した。また、PEB 療法3コースとEP療法4コースはほぼ同じ有効性であるとされ、双方共に進行性精巣腫瘍goodrisk群の標準的化学療法レジメンと評価されている。 CPA+VLB+ACT-D+BLM+BLM+CDDP(VAB-6療法) については副作用の点からEP療法が優れているとされた。
〔ガイドライン 2〕進行性精巣腫瘍 poor risk 群
①CDDP+VP-16+BLM (PEB) 4コース
②CDDP+VP-18+IFM (VIP)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
poor risk 群では長期生存が30% 前後しか得られないため、これらの症例の治療成績向上が重要な課題となっている。その対策として、CDDP増量やVIP 療法の導入が計られているが、CDDP増量は副作用の増加が得られるのみであり、VIP 療法の成績は比較試験で得られたものではないため、現在のpoor risk 群の標準的化学療法はPEB 療法4コースと考えられている。
〔ガイドライン 3〕進行性精巣腫瘍再発例
①CDDP+VP-18+IFM (VIP)
②VLB+IFN+CDDP (VeIP)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
導入化学療法により完全寛解が得られた後の再発例や導入化学療法で腫瘍マーカーが正常化しない症例では、導入化学療法がPVB 療法の場合はVIP 療法を、PEB 療法の場合はVeIP療法を用いている。大量化学療法の有用
性については未だ結論は得られていない。
D.前立腺がん
D-1. 前立腺がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕前立腺がんの化学療法で内分泌療法に優る有効性を示す化学療法はない
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:C
前立腺がんに対する化学療法で有効性が期待できるものはなく、全て試験段階と考えるべきである。したがって、転移性の進行がんでも内分泌療法が主体であり、ホルモン抵抗性がんでは有効な化学療法の開発が期待されている。
D-2. 前立腺がんの内分泌療法
〔ガイドライン〕進行性前立腺がんの内分泌療法 Maximal Androgen Blockade (MAB)
①フルタマイド (抗男性ホルモン)
②エストロゲン製剤
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
進行性前立腺がんの標準治療は外科的または薬物去勢によるアンドロゲン遮断療法である。しかし、一般的に根治は不可能であり、1940年代に去勢術が導入されて以来大きな進歩はない。
7.皮膚がんに対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
斉田俊明(信州大学皮膚科)
宇原 久(信州大学皮膚科)
●概説
皮膚悪性腫瘍には有棘細胞がん、基底細胞がん、皮膚付属器がん、血管肉腫、悪性黒色腫、各種リンパ腫 (菌状息肉症など) 、Mer-kel 細胞がんなど多種類のがんが生じるが、頻度と悪性度の視点から悪性黒色腫、有棘細胞がん、基底細胞がんが主要三病型とされている。このうち基底細胞がんは局所浸潤能は高いが、転移は少ないため、化学療法の対象とはなり難い。したがって、皮膚がんの抗がん剤適正使用ガイドラインは悪性黒色腫、有棘細胞がんについて記述する。
●ガイドライン
A.悪性黒色腫
A-1. 進行期悪性黒色腫に対する化学療法の役割
〔ガイドライン〕進行期悪性黒色腫に対する生存期間の有意な延長が期待できる抗がん剤による標準的化学療法はない
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
悪性黒色腫は抗がん剤に極めて低感受性であり、抗がん剤の単剤あるいは併用により有意に生存期間を延長できる化学療法は現時点では存在しないというのが現状である。
A-2. 進行期悪性黒色腫に対する化学療法レジメン
〔ガイドライン 1〕単剤 ①DTIC ②temozolomide (TMZ)
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
悪性黒色腫に対する各種抗がん剤単剤での奏功率は10-20%であり、完全寛解はごく僅かであることが欧米の多数症例での臨床試験から明らかにされている。その中で悪性黒色腫に対し最も強い抗腫瘍活性を示す薬剤はDTICで、15-20%の奏功率を示す。しかし、完全寛解率は5% 未満で、長期生存率は1% 程度である。DTICの投与は1回投与法、5日間分割投与法、10日間連続投与法などがあるり、原則として3-4週毎に繰り返す。投与法による奏功率の差はない。DTICの安全性に関しては血液毒性、激しい悪心・嘔吐が問題で、時に肝障害も認められる。
最近開発された薬剤にtemozolomide (TMZ)がある。本剤はDTICと比較し生存期間、QOL などで有意に優れた成績が報告されている。主な副作用は悪心・嘔吐である。今後TMZ はDTICに代わる悪性黒色腫の治療薬剤になるものと予想される。
その他、CDDP, TXL などが試験されているが、DTICを凌駕するものではない。
〔ガイドライン 2〕併用化学療法
①DTIC+CDDP+VDS または VLB
②BLM+CCNU+VCR+DTIC
③TIC+ACNU+VCR
④DTIC+BCNU+CDDP+TAM
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
これらの併用療法は単施設では有用性が示唆されているが、無作為化比較試験では奏功率で30% 前後が得られるものの、DTIC単剤に比較して生存期間の有意な延長を期待できる成績は得られていない。この併用化学療法の
中で注目されているのはDTIC+BCNU+CDDP+TAMであり、Dartmouth regimen 、あるいはBCDT療法と呼ばれ、44% の奏功率、14% の完全寛解率が得られている。本邦ではBCNUの代替薬としてACNUを使用したDTIC+ACNU+CDDP+TAMが厚生省がん班会議で第Ⅱ相試験として検討され、奏功率28.6% 、効果持続期間中央値4カ月、過去6カ月以内に化学療法歴がない患者の奏功率は46% という成績が示されている。
こうした状況からDTIC+ACNU+CDDP+TAMは本邦の実地医療で施行可能なレジメンといえる。
〔ガイドライン 3〕生物化学療法
①CDDP+IFN-+α+IL-2
②DTIC+BCNU+CDDP+TAM +INF-α+IL-2
③DTIC+CDDP+VLB+INF-α+IL-2
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:B
化学療法に引き続き、あるいは同時にIFN-αとIL-2を投与するレジメンが試みられており、長期生存も認められている。しかし、無作為化比較試験ではその結論が一定しておらず、最終的な結論はでていない。
A-3. 進行期悪性黒色腫に対する化学療法の期間
〔ガイドライン〕副作用が許容範囲内で、患者の同意が得られれば増悪が認められるまで化学療法 を継続
・エビデンスのレベル:Ⅳ
・勧告のグレード:D
進行期悪性黒色腫の化学療法をどこまで継続するかのエビデンスはない。
A-4. 進行期悪性黒色腫に対する化学療法の患者選択
〔ガイドライン〕進行期悪性黒色腫に対する化学療法の患者選択にあたっては転移臓器の種類,PS,血清LDH 値などを考慮する
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
進行期悪性黒色腫の化学療法の奏功率は転移臓器の種類と数、PS, 血清LDH 値に影響されることが明らかにされており、皮膚・皮下転移、リンパ節転移、肺転移は良く反応し、総腫瘍総量が少ないほど奏功しやすい。一般にPSが2以下が適応と考えられ、血清LDH 値が高いほど化学療法の効果が悪い。
A-5. 進行期悪性黒色腫のsecond line の化学療法
〔ガイドライン〕進行期悪性黒色腫のsecond lineの化学療法は存在しない
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
A-6. 悪性黒色腫の術後補助療法
〔ガイドライン〕IFN-α長期間投与が術後の再発防止に役立つ
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:AまたはB
T4 (tumor thickness > 4mm)とN1の悪性黒色腫患者に根治術を施行後、IFN-αを投与した場合、無処置群に比べ全生存期間は有意に優れ、無病生存期間も有意に延長するという報告があるため、米国FDA もこれを承認している。しかし、その後の追試で5年無病生存期間に有意差は認められたが、全生存期間に有意差がなく、さらなる試験が必要である。
なお、本邦ではDTIC+ACNU+VCR+IFN-βが用いられているが、エビデンスのレベルは高くはない (エビデンスのレベル:Ⅲ、勧告のグレード:C)
A-7. 悪性黒色腫の免疫療法
〔ガイドライン〕悪性黒色腫は免疫療法が有望視されているが、未だ実地医療段階ではない
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:B
B.有棘細胞がん
B-1. 有棘細胞がんの化学療法の役割
〔ガイドライン〕進行した原発巣 (T3,4,NO, M0) と所属リンパ節までの転移には抗がん剤による化学療法が生存期間延長やQOL の改善に意義がある
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:B
皮膚有棘細胞がんの進行原発巣、あるいは郭清困難な所属リンパ節転移に対する化学療法により40-80%の奏功率が得られたという報告が複数ある。また、化学療法後に外科療法あるいは放射線療法を施行し、長期間完全寛解が得られている症例も少なくない。
B-2. 有棘細胞がんの化学療法のレジメンと安全性
〔ガイドライン 1〕単剤 ①Pepleomycin (PEP) ②BLM ③CPT-11
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:B
〔ガイドライン 2〕併用化学療法
①PEP+MMC
②CDDP+ADM
③CBDCA+EPIR
④CDDP+5-FU+BLM (BLMの代わりにPEP)
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:B
皮膚有棘細胞がんに対する化学療法の臨床試験は単施設での少数例報告が多く、エビデンスのレベルは高くない。しかし、症例を適切に選択すればかなり有用な治療法である。上記の化学療法レジメンで第一選択となるのはCDDP+ADM+ (CA 療法) である。その理由は完全寛解を含めて高い奏功率が得られ、BLM やPEP に見られる肺繊維症のごとき致命的な副作用の危険性が少ないからである。
B-3. 有棘細胞がんの化学療法の期間
〔ガイドライン〕転移を生じていない進行原発巣については化学療法で腫瘍が縮小した段階で終了とし、根治術を施行することが多い 遠隔転移については副作用が許容範囲であれば増悪が認められるまで継続
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:B
化学療法の継続はBLM, PEPの総投与量が呼吸器障害に依存するため、BLM 300mg 以下、PEP 150 mg以下とし、ADM の総投与量が心筋障害に依存するため、500 mg/m2 以下とすべきである。
B-4. 有棘細胞がんのsecond line の化学療法
〔ガイドライン〕一般的に最初に使用した抗がん剤と異なる薬剤を使用すべきであるが、明確なエビデンスはない
・エビデンスのレベル:なし
・勧告のグレード:D
8.悪性骨軟部腫瘍に対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
中馬広一(国立病院九州がんセンター)
●概説
悪性骨軟部腫瘍のうち高悪性骨軟部腫瘍の骨肉腫やユーイング肉腫は化学療法、手術、放射線療法を組み合わせた集学的治療により50-60%の根治率と 60-70%に患肢温存手術が可能となった。悪性骨軟部腫瘍の抗がん剤適正使用ガイドラインでは 骨肉腫、骨原発悪性繊維性組織球腫 (malignant fibrous his-tiocytoma, MFH) 、円形細胞肉腫( ユーイングファミリー腫瘍、成人発生の横紋筋肉腫),成人発生の悪性軟部腫瘍に分類して、術前後補助化学療法を中心に言及する。
●ガイドライン
A.骨肉腫の化学療法
A-1. 骨肉腫における補助化学療法
〔ガイドライン〕骨肉腫の補助化学療法はsurvival benefitがあり、骨肉腫の治療には不可欠である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
若年者に多い骨肉腫の治癒の可能性は1970年以前は10% 以下であり、患肢切断後6か月以内に50-60%の患者が肺転移を発症し、その結果、約1-2年で90% の患者が死亡していた。しかし、MTX, ADM, CDDPなどの補助化学療法の導入により治療成績は飛躍的に改善を示し、60% の5年生存率が得られるようになった。このように骨肉腫の化学療法は手術との集学的治療に不可欠な状況である。
A-2. 骨肉腫における補助化学療法のレジメン
〔ガイドライン〕骨肉腫補助化学療法の代表的レジメン
①超大量MTX + LV (救済)
②CDDP+ADM
③IFM+CDDP
④BLM+CPA+ACT-D (BCD)
⑤IF大量療法
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
MTX 大量療法やADM が骨肉腫進行症例に奏功する可能性があることが報告されて以来、術後補助化学療法が行われるようになり、MTX の大量療法やADM の単剤、あるいは併用化学療法が検討されてきた。さらに、CDDPが導入され、補助化学療法は種々の併用化学療法が研究されているが、ガイドラインとしては代表的な5レジメンを記載した。
なお、併用化学療法で2剤の化学療法と3剤以上の化学療法の比較試験では、後者を行っても必ずしも生存率の向上に結びついていないが、奏功性については多剤の方が高い傾向にある。
A-3-1. 骨肉腫における術前化学療法
〔ガイドライン〕骨肉腫の術前化学療法は有効で、患肢温存手術を可能とし、患者のQOL を高める
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
A-3-2. 骨肉腫における術前化学療法の薬剤選択
〔ガイドライン〕骨肉腫の術前化学療法は2剤、3剤、あるいは4剤併用があるが、副作用の点から2ないし3剤併用で、副作用による治療遷延期を避けるべきである
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
術前化学療法を完全に行うことで、2剤併用では最低30% の症例で切除病巣の組織学的著効の達成が可能であり、CDDP+ADM併用による動注療法で60% 以上の組織学的な著効が得られると報告されている。また、4剤併用(MTX+CDDP+ADM+IFM)も動注療法と同程度の奏功率が得られている。術前化学療法が成功した症例では80-90%で患肢温存手術が可能となっている。こうした報告から、術前化学療法の奏功性は3ないし4剤併用、あるいは動注化学療法を行うことで高まるが、一方では副作用も増加し、治療技術が成熟していない場合には奏功性が低下することもあり得る。したがって、一般的には2ないし3剤併用に留めるべきであり、治療期間は6ないし12週とすることが勧められる。副作用で治療期間が大幅に遷延する時は奏功性も低下し、予後に重大な影響を与える。
A-3-3. 骨肉腫において術前化学療法が著効した症例の術後補助化学療法の薬剤選択と根治効果
〔ガイドライン〕骨肉腫の術前化学療法で著効が得られた症例では2ないし3剤による術後補助化学療法を行うべきである
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:A
比較試験の成績ではないが、大規模試験では同様な傾向が確認されており、5年あるいは10年生存が75-85%であることが確かめられている。
A-3-4. 骨肉腫において術前化学療法の組織学的奏功性が不十分な場合の薬剤変更、あるいは薬剤追加
〔ガイドライン〕術前化学療法の組織学的奏功性が不十分な場合に薬剤変更、あるいは薬剤追加を行っても根治率の向上は得られない
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:A
A-4. 骨肉腫の動注化学療法
〔ガイドライン〕骨肉腫の動注化学療法を行うと原発局所コントロールは高まるが、全身投与群と比較して予後の改善は得られない
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:A
多数の準研究および多施設共同研究では、動注療法で60% 、4剤の全身的併用化学療法でも60-70%の奏功率が得られており、動注療法の有意性は証明されていない。
A-5. 肺転移の進行症例に対する化学療法
〔ガイドライン〕転移性骨肉腫に2ないし4剤の併用化学療法を行い、肺転移症例では化学療法後に原発巣と肺転移巣を切除すれば30-40%の5年生存率が得られる
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:B
多数の研究があるが、比較試験ではないので検証できていない
B.骨原発悪性繊維性組織球腫 (MFH)の化学療法
〔ガイドライン〕MFH に対して骨肉腫と同様の化学療法が有効である
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
MFH は成人例が多いため年齢を考慮して化学療法を選択する必要がある。
C.円形細胞肉腫(ユーイング肉腫、末梢神経芽細胞腫、成人発生の横紋筋肉腫などユーイングファミリー腫瘍)の化学療法
C-1. 円形細胞肉腫の補助化学療法
〔ガイドライン〕円形細胞肉腫は局所治療の手術や放射線療法とともに補助化学療法を行うべきである
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:A
いわゆるユーイングファミリ腫瘍については局所病変を手術または放射線療法にて完全にコントロールし、補助療法として全身の化学療法を行うと、予後因子 (血清LDH 値、腫瘍量、四肢末端の腫瘍) によっては60% の5年生存率が得られている。ただし、これらの成績はレベルⅡ、またはⅢの複数の臨床試験による。
C-2. 円形細胞肉腫の補助化学療法レジメン
〔ガイドライン〕円形細胞肉腫の補助化学療法レジメン
①DXR+VCR+ACT-D+CPA (VACAd)
②IFM+ADM+VCR+ACT-D (VAIA)
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:A
C-3. 円形細胞肉腫の化学療法の予後因子
〔ガイドライン〕円形細胞肉腫の化学療法は予後因子解析を重視すべきである
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:A
化学療法の予後因子として重視すべきは、腫瘍量 (100ml, 200ml, 直径 5cm) 、発生部位 (大腿、骨盤、仙骨) 、成人発生、悪性末梢神経上皮腫、化学療法奏効性 (組織学的壊死率) 、局所再発、肺、骨転移、骨髄転移などである。巨大腫瘍、再発例、骨盤、脊椎、体幹中心部、肺転移などはhigh risk 症例であり、通常の化学療法による2年以内の再発率は高く、2年無病生存率は20% 以下となっている。
C-4. 円形細胞肉腫で危険因子を有する強化化学療法レジメン
〔ガイドライン 1〕小児、小腫瘍量 CPA+VCR+ACT-D (VAC)
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 2〕小児骨盤、大腿発生 IFM+ADM+VCR+ACT-D (VAIA)
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 3〕青年層、巨大腫瘍 IFM+ADM+VCR+ACT-D (VAIA)
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:A
〔ガイドライン 4〕肺転移例
①DXR+VCR+ACT-D+CPA とIFM+VP-16 の交替療法 (VACAd-IFM+VP-16)
②大量CAV-IFM+VP-16 の交互療法
③大量IFM+VP-16
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
〔ガイドライン 5〕瀰漫性骨/骨髄転移は通常では完全寛解が得られず、骨髄移植併用の超大量化学療法を追加しても長期予後は得られていない
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
D.成人発生の悪性軟部腫瘍進行例の化学療法
D-1. 成人発生の悪性軟部腫瘍進行例の化学療法の役割
〔ガイドライン〕成人発生の悪性軟部腫瘍に対する化学療法は組織亜型 (滑膜肉腫、多形細胞肉腫など) によっては有効である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
D-2. 成人発生の悪性軟部腫瘍進行例の化学療法レジュメン
〔ガイドライン〕併用化学療法レジメン ①ADM+DTIC ②ADM+DTIC+IFM ③ADM+IFM
・エビデンスのレベル:ⅡまたはⅢ
・勧告のグレード:C
D-3. 成人発生の悪性軟部腫瘍進行例の術後
補助化学療法の役割
〔ガイドライン〕成人発生の悪性軟部腫瘍に対する術後補助的化学療法による根治率、延命効果は得られていない
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
D-4. 成人発生の悪性軟部腫瘍進行例の術前化学療法の役割
〔ガイドライン〕成人発生の悪性軟部腫瘍に対する術前化学療法は局所抑制効果は認められる、動注、放射線療法では効果の増強が得られる
・エビデンスのレベル:Ⅲ
・勧告のグレード:C
9.脳腫瘍に対する抗がん剤適正使用のガイドライン
●担当
生塩 之敬(熊本大学脳神経外科)
河内 正人(熊本大学脳神経外科)
●概説
脳腫瘍に対し承認された抗がん剤はACNU, MCNU, IFN のみであり、その使用は極めて制約されている。脳腫瘍に対する抗がん剤適正使用ガイドラインは、成人大脳半球悪性グリオーマと中枢神経系原発リンパ腫について言及する。
●ガイドライン
A.成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法
A-1. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法の役割
〔ガイドライン〕成人大脳半球悪性グリオーマは手術後放射線療法との関連して化学療法を行うことが適切である
・エビデンスのレベル:生存期間 Ⅰ QOL Ⅳ
・勧告のグレード:生存期間 A QOL D
成人大脳半球悪性グリオーマに関する化学療法の有用性については米国とEROTC の五つの臨床試験の結果、放射線療法と化学療法の併用が放射線単独と比較し1-2年の生存延長に寄与することが示唆されている。上記臨床試験のうち二つの試験結果を病理組織を含めて再検証した結果も、補助化学療法を受けた患者に長期生存者が多いこと、それが退形成乏突起膠腫の混在によるものでないことなどが確認されている。さらに、16の無作為化試験のメタアナリシスでも1年および2年生存率が化学療法群で向上していることも明らかになっている。
A-2. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法の対象
〔ガイドライン〕予後因子解析からみて、60歳以下、およびPSの良好な症例には放射線療法と化学療法の併用が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
米国の臨床試験において、40-60歳においては化学療法で有意な生存期間延長がもたらされているが、60歳以上の症例においては認められていない。また、 PSによる有意な転帰の差が示されている。したがって、60歳以下でPS良好な症例は化学療法の対象として考慮すべきである。
A-3. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法の薬剤とその安全性
〔ガイドライン〕ニトロソウレア剤を使用することが適切であり、通常の使用量では副作用は許容できる
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
補助化学療法により生存期間の延長が示唆される五つの無作為化試験ではいずれもニトロソウレア剤を用いている。また、ニトロソウレア剤に他剤を組み合わせた多剤併用化学療法がニトロソウレア剤単剤より優れてたという報告は一つあるのみである。しかし、この研究には化学療法に感受性が高い乏突起膠腫が含まれており、それを除けば多剤併用化学療法の優位性は示されていない。
毒性では血液毒性が主なものであり、その程度は許容範囲である。
A-4. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法の期間
〔ガイドライン〕化学療法の期間は1-2年が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
補助化学療法の期間を明確に記載してあるおのは少ないが、補助化学療法による生存期間延長が示唆されている米国の臨床試験は2年と明記されている。また、欧州の無作為化試験では1年間の化学療法である。これらのことから1-2年間の化学療法の実施が妥当である。
A-5. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法の開始時期
〔ガイドライン〕化学療法の開始時期は放射線療法と同時が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
補助化学療法により生存期間延長が示唆されている五つの無作為化試験の中で化学療法の開始時期を明記してある三つの臨床試験では放射線療法開始と同時に化学療法も開始している。
A-6. 成人大脳半球悪性グリオーマの再発症例に対する化学療法
〔ガイドライン〕再発症例に対する化学療法としてニトロソウレア、または白金製剤が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:A
過去に報告された40の臨床試験の分析よりtime to progression から見るとニトロソウレア剤が、overall survivalからニトロソウレア剤と白金製剤が優れている。また、両者の併用が最も生存期間を延長させている。
A-7. 成人大脳半球悪性グリオーマの化学療法と組織型
〔ガイドライン〕組織型は予後因子である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
三つの無作為化試験で膠芽腫の生存期間は退形成星細胞腫のそれに比べて有意に短い。また、1988年に退形成乏突起膠腫が化学療法感受性が高いことが報告されて以来、退形成乏突起膠腫および退形成突起星細胞腫の化学療法感受性が高いことが確認された。退形成乏突起膠腫においては染色体1番短腕の欠失が化学療法感受性と有意に相関することが報告されている。
B.中枢神経系原発リンパ腫(primary CNS lymphoma, PCNSL)の化学療法
B-1. PCNSL の化学療法の役割
〔ガイドライン〕PCNSL では放射線治療前に化学療法を行うことが適切である
・エビデンスのレベル:生存期間 Ⅱ QOL Ⅱ
・勧告のグレード:生存期間 B QOL B
PCNSL は従来放射線感受性の高い疾患として知られ、放射線照射で治療されてきたが、その治療成績は生存期間の中央値12-18 カ月で、決して満足できるものではなかった。これに対して種々の化学療法が試みられてきたが、全身化学療法のCHOP療法 (CPA+DXR+VCR+PRD)と放射線療法法との併用は無効であると判明し (MST:8.5-16.1ケ月) 、血液脳関門を通過する薬剤を使用すべきであることが強調されている。これは造影されないPNSCL が10% 存在することや、高率に髄液腔内播種を来すことからも理解できる。MTX は少量では血液脳関門を通過しないが、0.5 g/m2 以上では髄液中へ移行が見られ、治療域の髄液中濃度を維持するためには1g/m2以上が必要とされている。そして、high dose MTX (HDMTX) のPCNSL に対する有効性が報告され、HDMTX と放射線療法との併用などでMST は33-42.5 カ月に延長している。しかし、HDMTX と放射線療法による白質脳症の発生が懸念され、治療後の知的機能低下は特に高齢者において著しいものがある。すなわち、60歳以上の症例では診断後52カ月の時点で神経毒性 (痴呆、歩行障害、尿失禁) 発生の頻度は100% であるのに対して、60歳未満の症例のそれは診断後96カ月の時点で30% 台であった。そして、60歳以上の高齢者に対して化学療法のみで初期治療が行われ、放射線療法を受けた群との生存期間に差はなく、かつ、神経毒性の発生が有意に少なかったことが報告された。
B-2. PCNSL の化学療法の対象
〔ガイドライン〕PCNSL では60歳未満の症例は放射線前化学療法とそれに続く放射線療法が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
HDMTX による化学療法と放射線療法を受けた高齢者における晩期神経毒性の発生頻度は非常に高く、一方、若年者での発生頻度は低く、許容範囲にある。生存期間に関しては報告が少なく、放射線療法を省略できるか否かに関しては未だ十分な根拠は乏しい。
B-3. PCNSL の化学療法の薬剤と安全性
〔ガイドライン〕PCNSL ではHDMTX の使用が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
HDMTX による化学療法は血液脳関門の問題が解決されており、その有効性が報告されている。なお、副作用として放射線療法との併用で高齢者の神経毒性が晩期に多発することであるが、若年者では許容範囲である。
B-4. PCNSL の化学療法の期間
〔ガイドライン〕PCNSL の化学療法の期間は放射線療法前の2-3コースが妥当である
・エビデンスのレベル:Ⅱ
・勧告のグレード:B
PCNSL の化学療法の期間に関して検討した報告はほとんどない。HDMTX の各コース毎の腫瘍容積の減少率は第2コースと第3コースで差がないため、第3コースを慎重に行うべきと報告されている。
B-5. PCNSL の化学療法の開始時期
〔ガイドライン〕PCNSL の化学療法は診断確定後、放射線療法前が適切である
・エビデンスのレベル:Ⅰ
・勧告のグレード:A
PCNSL の化学療法の有用性の報告はいずれも化学療法が放射線療法前に化学療法が行われている。
B-6. PCNSL のsecond line 化学療法
〔ガイドライン〕PCNSL のsecond line 化学療法に標準的なものはない